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みんながしているように、当たり障りなく程々にトレーニングしたっていい。
まれに良い選手が集まれば勝てるし、流行りのものを取り入れて時勢に乗ることで、ひとまず良しとするのだってありだ。
結果がすべてじゃないだとか、勝負は水物だって言う人もいる。
競技スポーツには色々なかたちがあって、すべてが尊重されるべきだしどこまでも自由、その上で中心をありのままに見れば無理なく「ソコソコ」でおこなっているのが大半だ。
それでも条件が合えばときに強くなることもある。
コートを使える時間が増える、練習内容が改善される、上手な選手が偶々集まる、周囲のチームと選手のレベルが下がる・・・・
それらに頼らず、甘んずることなく、練習して上手くなって試合に勝ちたいと思う人もたくさんいる。
でも普通の肌感では「適度に伸びた」で終わる。
いいじゃないかそれで、なにが悪いの、躍起になっても大して変わらないよ、って思う人が多いかもしれない。
そのなかで数パーセント、思考が真逆の人間がいて陰でこっそり頑張りまくっている。
世の常識は、レベル5が6になり、9が10とか11くらいにステップアップする。
もし15の力がある人がいたら、上述の人たちは当然にして同じ土俵に上がれない。
はじめから住む世界、自分のレベルは決まっていて、それぞれに見合った土俵が用意されているから、自分のライバルは同じ階級の相手だけとなる。
自分はこのクラスだと決めてしまうから、ソコソコ、ホドホドの成長感覚しか持っていない。
そこからすると考え方が飛んじゃっている人間が先ほどの数パーセントで、違う土俵に上がってしまう。
セパレートの線が見えなくて、自分の可能性とか伸び代がビヨン!とジャンプすると考える。
なぜなら、見上げれば青空がどこまでも広がっているから。
その人には、天井も、仕切られた壁も見えないので、線引きされた「あなたはこのレベル」に留まる気は更々無いから、より魅力的な上に行こうとする。
これが意欲というもの。
意欲は、別次元へ行ってやろうっていう思考と志が突き抜けている人に芽生えるワクワクだろう。
その人はまったくの0から6や7ほどにも飛躍したり、10から20になる。本当にそうなる。
普通にしていたら、誰にでも起こり得る一つ二つの当然の成長しかないが、少数の人間はビヨン!とジャンプアップして自分の実力と人生を大きく変えていくんだ。
それは運でも才能でも血筋でもない。
ただシンプルに、伸び方の違いがあっただけ。
みんなできるってことです。
でもしていない、ほとんどの人はしていません。
昔も今も、たぶんこの先もずっと、それはきっと変わらないと思う。
だから我がトレーニングはやっぱり、0から10を生む、10あっても20を目指す、それを当然に考える世界をつくっていきたい。
そう思います。