梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

みんな分かってない

「みんな分かってないよ」

と、したり顔でその分野に精通した人とかに言われるのですが、

別にいいじゃない、分かってなくたって。

実際にあなたの言うことが正しくて、それで世の中が動いて後に制度や仕組みが良くなったら、みんなが喜ぶ、みんなが幸せになる。

人助けになるのだから、それで御の字じゃないですか。

誰かの力になるためにやってるんですよね?

だったら世の中に貢献できたら、もうそれで十分じゃないんですか。自分の名が前に出なくても、あなたのその創ったもので誰かが救われるんです。それが希望ではないのですか。

俺の理論は深い、お前らは浅い、俺の手段は高度でお前らのは稚拙みたいな物言いを耳にすると、どうしても、この方の深意はご自分を勝ち誇りたいのかな?と考えてしまう。

スポーツの未来のためにとか、日本のために子どもたちのために、なんて言いながら、奥底では“自分のために”なんだろうなと。

博学で深く思考した理論、そこから生み出した高度な手段であると自画自賛したい。自分が創ったそれを、皆に尊んでもらいたい。

その行為は、世のため人のためではなく、自分のためですよね。

snsでも、子どもたちのため選手ためにこうしてあげている自分が前、我が行い我が功績の自慢や主張をしていて、世に広めるべき実際の中身は伝えない投稿が少しあります。ご自分が主役になっているように思います。

本当は広がって欲しいはずの、重要なコンテンツのほうがまったく伝わってきません。私は勉強不足で読解力も足りませんが、頑張って読み解こうとしてもあまりに情報が少なくて次へなかなか活かせなかったりします。情報やコンテンツを持つ「自分」が最前列になっているからです。

こういう姿と前述の「みんな分かっていない」と批判する人の精神は、同じものであるように感じます。

自分は残らなくてもいいんじゃないでしょうか、自分の功績は。欲しいですか。

自分の努力した成果だけ、世に少しでも広がって後々も役立てていく人がいれば、大成功だと思いますけど。

自分の名前なんか残らなくても、世間から自分が賞賛なんかされなくてもいいでしょう。あなたの創ったものが一人歩きして残っていくんです。

裏で努力したものは人知れず死んでいく。その潔さが無ければ、あなたの言う“〜のため”は自分のためとなり、本当の社会貢献は果たせません。

皆あなたの努力も功績も名前も“分かっていない”けれど、それは全力で取り組めば必ずや世の中を変化させていくでしょう。社会のスタンダードにはならなくても、たくさんの人々は救えなかったとしても、少なからずどなたかの助けにはなるはずです。

だから分かっていなくても、尽くしただけでもう充分です。

もう一度言います。

みんな分かっていないけれど、力になれているならそれで万々歳です。

あなたのことよりも、必要な中身のほうをみんなで分け合って、みんなで考えていきませんか。

最後にもう一度だけ。

別にいいんです、あなたのすごさなど誰も分かっていなくたって。