梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

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コントロールされない生き方を

 エネルギーの強い方に引き寄せられていくというのは自然界の摂理だが、僕は逆で、影響力の強いものには反発するタイプだ。おそらく他者に束縛されたくない、操られたくないという感性が根底にある。マイノリティやあまのじゃくという事とも、幾分かぶるのだと思うが、正確ではない。

 人の都合で動きたくないという感覚なので、人を呑み込んで空気を染めていく雰囲気を持っている人間がいると、無意識に警戒するクセがある。人を巻き込んで、こちらに協力しろ俺の思いに応えろというような圧力みたいなものがありありと伝わってくる感じ、わかるだろうか。

 幼い頃からずっとということではないと思う。育っていく中で、様々な経験から固まっていった性格だろう。

 

 大きな力に流されていくことは、子供の時分は「あこがれ」として、誰の心にも本人の“自発的な意思”で存在したと思う。自ら真似をしたり、その人の雰囲気に近づこうとしたり、自分から魅力的なほうへ寄っていった経験は多々あった。

 それが年齢の重なりと共に大人の社会に入ると、意図的な外からの要求に変わっていく。暗黙の「おれに使われろ」「こちらに倣え」というエネルギーが、強く伝わってくることがある。だから嫌う。

 自分で好んで近づいていくのなら良い。しかし他人からこっち側に寄れと要求されることは、断固拒否する。そういう黒いエネルギーにはどうも敏感というか、反骨精神というのとも少し違う気もするが、その人間の都合で他人を動かそうとすること自体が、自分の感性にはない。

 

 君たちもこれから社会人になり、もしくは今すでに、このような経験をきっとする。おそらくは気づかぬ中で、自分が加わる大なり小なりの輪において、いつの間にか意見の強い者の都合で動いている自分がいる。

 輪というのは、会社の所属部署であったり、同期の仲間であったり、仕事のプロジェクトチームであったり、プライベートでの友達であったり、色々考えられる。

 互いに分をわきまえ、尊重し合い、謙虚に付き合うのならば最高の輪であり仲間だが、そうじゃない人間も必ずいる。周囲を自分の有利なように固めようと、強いエネルギーを発して引き寄せようとする人も、必ず現れる。

 年齢・体格・地位・収入・口の強さ巧さ、そういうパワーバランスを利用して立場を強くしようとするだろう。俺の意見に同意しろ、動きに同調しろ、要求を呑め、贔屓にしろ配慮しろと、遠回しに匂わせてくる中で、できることなら「自分はどう行動するか」をしっかりと持ってほしい。フェアな協力関係と、利用されるのとは違う。

 敵対するとか仲を別つ話ではなくて、周囲がどうであろうと自分自身で考えて答えを出してもらいたいと思うのだ。

 皆もやっているからと無為に流れに沿うのはやめよう。間違っていることを解っていて従ったり、NOと言いたいのに遠慮して受け入れてしまうことは、断じてしてはいけない。気乗りしないことに加担してはダメだ。

 これは誰の意思で誰の生きる人生なのか。自分の人生ならば、他人の都合や私利私欲に使われるのはやめるべきだ。便宜を図れとか、融通を利かせろ、そういう正当ではない「得」を求めてくることが、あなたの感性として認められないものならば、しっかりとストップを掛けよう。

 その人の行為を否定したり避難する必要はないけれど、少なくとも自分が不本意な流れに乗せられていくことはしちゃいけない。変に気を遣ってお人好しにいい顔をすることは、絶対にしないでほしい。きみの生き方が大事なんだ。

 だから日々しっかりと勉強し、己の考えを持ち、なんでも安易に迎合同調しないで信ずるところを持てるようにしてもらいたい。勉強の意味は、そういうところにある。自分の立ち方をしっかりと決めて、その上で皆とフェアに付き合っていこう。

 このblogをいつも読んでくれている生徒のみんなに、人生は荒波だけど強く生きていけるようエールを送りたいと思います。