梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

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激動の2018年を生きるために

 平成が30年目を迎えた。皇紀で申し上げれば2,678年。来年には天皇陛下の御譲位により元号が変わり、再来年は日本でオリンピックが開かれる。目まぐるしく動く日本だが、私にとっても生き方を貫く勝負の一年が始まる。もうすでに新年が明け3日目だから、始まるではなくて始まったが正しい。

 最近は終わったこと過去のことについて、どうも記憶がぼんやりとしている。気が向いているのは常に今そして未来にであって、それは意図してそうしているわけじゃなく、なぜだか勝手に脳がそう動いてしまっている。

 昨年、いつ始めたかは分からないが、所持品をたくさん処分した。断捨離という言葉が流行って久しいが、そんな大それたことでもなく、ただとにかく初めの一歩で拍車が掛かってしまい、使っていないものをどんどん売ったり捨てたりした。

 衣類から食器から家電、よく分からないオモチャやゲーム、全く聞いていないCD、読まない本、物置に入っている脚立なんかも売って、最近の中古販売店はなんでも買ってくれるんだなぁと驚いた。年末までお店に幾度も足を運んだ。1年で10回近く行ったかもしれない。

 とにかく大量にモノを処分した。身の回りを整理してみて気がつかされたことは、お金を出して購入したのにほぼ利用せず所持しているだけのモノが、どれだけ沢山あったかということだ。自分ではモノを買うのは少ない方だと思う。事実、飲み食い以外の消費は少ない。そんな自分でもこれだけの無益な行動をしているわけだ。

 いかにお金の使い方が悪いか、人生の何に価値を置いているのか、その愚かさ未熟さを痛感した。その流れもあって、使っていないblog二つを削除し、ヤフーメールなどこれまた実質使っていなくて毎月使用料を支払っているものなどを解約したり、決断の働いていない「念のため」「とりあえず」のガラクタの山をとことん整理した。

 最低限として自分の身の回りには極力すべてに意識を向けて、自分で有意義と決めた物事に対して投資したり行動を起こしていこうと、ささやかながら心に決める。その瞬間の勢いとか他人の動きに流されることなく、自分で考え自分で良いと信じたものを選ぶ。

 マイノリティでもたった一人でも、自分の信念を貫く生き方を目指して、今年ももっと勉強しなくてはいけない。でもそれは情報を丸呑みして真似をするということとは違う。影響でもない、踏襲でもない、模倣でもない、勉強しつつ自らのやり方オリジナルを大切に育むことが根っこにある。