梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

宿題の山は手抜きを覚えるだけ

 ある進学校の先生が言っていましたが、昨今学校では、あらゆる教科で宿題が大変多いとのことです。可哀想なくらいだ、とその先生は仰っていました。

 これは、私が聞く限りにおいて、いくつか別の学校でも同じ話がありました。偏差値に関わらず、ある程度成績に力を入れている学校では、この傾向は多いのかもしれません。

 個人的には、宿題はゼロにしてもらいたい、いやするべきと考えています。無理でもできるだけ少なくして、ピンポイントの抜き打ちテストなどに変えるべきです。

 しかし、宿題攻めが世の大流となっているから、教師は、自分だけやらないわけにいかないし、それで模試などの成績が落ちれば、宿題のせいにされる。

 さらに言えば、ひとまずここまで尽力しておけば、自分に非が及ぶこともないという感情もあるかもしれません(これは私の憶測です)。

 先生たちもなんとか成績を上げるためにと、真剣に考えての策であろうことは強く伝わってきます。厳しい取り組みを課していると、納得している教師もいるでしょう。生徒のためを思って、毎日遅くまで残って問題を作っているのです。

 その上で、やはり宿題はやめるべきです。前述の先生が言っていたのは、生徒たちは与えられ慣れているということでした。成績を伸ばすために、本人が頑張るのではなく先生が頑張っています。

 問題を解くのに生徒も苦労していると、生徒も頑張っているだろうと私も考えましたが、実際は誰かの回答を丸写しして提出している人も多いそうです。それはただ提出するための行動でしかありませんね。怒られないように、減点されないように。

 それでは良かれと思って出している宿題が、逆効果です。でも、そうなりますよね?

 やっつけ仕事になるだろうことは、外から見れば察しがつきます。それとも先生も分かっていて、化かし合いなんでしょうか。

 私がいつも言うのは、人は飢えているから欲します。足らない不満と思うから、手に入れようとか抜け出そう乗り越えようと行動を起こすのであって、その前に外から万全の対策を講じられたら、自分で動かなくなってしまいます。

 もう一つ言うと、要求されることが多くなると、それに応じることで手一杯になります。自分に力をつけるために宿題をするのではなく、いつの間にか教師の望みを叶えるために宿題をしているのです。

 誰もそんなこと望んでいませんよね?だからやめるべきです。単なる提出物は、学力を強化しません。学ぶ価値も深まりません。ただ要領を覚えるだけです。

 昨今は大人から子供へ、手を差し出し過ぎのように感じます。それは見方が違えば、大人の自己満足とも言い得ます。生きる上で課題を提示することは必要だと思っていますが、材料まで全て揃えることはするべきじゃないというのが、私の個人的な意見です。