梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

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反省は大切です

 後ろを振り返ることは良くない、反省など無意味、なんてフレーズが、ビジネスの啓発本なんかでよく出てきます。ホリエモンあたりが言いそうな言葉です。

「反省なんて言うのは、すでに終わってどうしようもないことにいつまでも意識を向けることで、それをしたからって次が良くなるわけじゃない。大事なのはとにかくこれから(未来)だけだ」

というのが主張する人の論法です。fbなどでもビジネス関連の広告で、こういうキャッチフレーズをよく目にします。

 でも私は真っ向からそれを退けます。反省とは、大いに未来へ寄与することだと確信しています。自らの今日一日の行いを省みて懐に収めることは、まさしく教養の賜物に他なりません。

 残念ながら教養のない者は、自分を作り直すこと、悪い部分を削り落として日々成長していくことができません。人間として人格が備わっていくのは、まさに自己反省をすることができるからです。それができる人は素晴らしいです。断じて、無意味なことではありません。

 反省することと、自己否定することは違います。反省を無駄だと思うのは、もしかすると自らを排除するような作業だと感じているからでしょうか。

 おれは正しいことをしている、なにも誤ったことはない。本当にそうならば堂々と、ご自分の主張をされればよろしい。自分の正義や信念があるのならば貫くべきです。正しいことを曲げることは間違っています。

 しかし、終わったことは仕方ないだろ、もうなっちまったんだから次を考えるしかないだろ、反省なんかしてもしょうがねえ、とか何とか言って、自分の過ちや失敗、周囲から非難されるような言動を悔い改めようとしない態度は、無学習と言わざるを得ません。

 人間みな、どれだけ気をつけたって抜けたところ未熟なところを持っていると思います。完ぺき以外を否定するものではありませんが、人生死ぬまで成長であって、いくつ歳を重ねても今よりもっとしっかりした人間になろうと、精進する心がけが必要です。

 当然大人でもダメなものはダメです。子供が親に怒られるような事で、大人になっても人から注意を受けたとしても、現実にそんなレベルなのだから仕方がない。それを直すには、ご自身の反省が必要ではないでしょうか。

 もしくは勉強やスポーツにおいて、または会社の仕事でも、一所懸命にやって失敗することや、自分のせいで周囲に損失を与えてしまうことがあります。それ自体がいつまでも尾を引くことはなくて、でも反省しない人はまた次も同じ失敗を繰り返します。対人関係において、相変わらず子供のような未熟さを出し続ける人もいるでしょう。「いい年の人間がこれかよ」と思われるような人です。それが無学習だと言いたいのです。

 反省しないで引きずらなければ、次が良くなるなどという現実はあり得ません。反省しなければまた、悪い点数を取ります。反省とは自己成長そのものだからです。

 おそらく成功する人というのは、反省をしない人ではなく、しっかり自省をして少しずつ垢を落としているのだと、私は思います。自分で荒らしたものは、ちゃんと片付けてきれいに整える。それを少しずつ心がけ、自分を磨き上げていくのです。

 歳が上にいくほどに、他人から言われた忠告をなかなか素直に聞けなくなります。しかし自分を省みようともしなくなったら、その人の人生はそれまでのような気がします。

 小さい頃から、改めることをしない(できない)で来た人もいるでしょう。そういう生き方をしてきた人は、まず自己成長できません。人から言われたこともですが、自分で進んで改善しよう悔い改めようと、己を戒めることのできる人は、自分自身も人生も共に発展していくと思いませんか。

 何事もすべて自分の足で歩いた分だけが、本物の糧です。歩いているようでその場で足踏みをしている人は、もしかしたら沢山いるかもしれません。自己を見つめることのできる感性、それが「反省」だと私は考えます。自分を排除することでも否定することでもなく、「省」は未来を逞しくするほんの“少しの目”なのではないでしょうか。

 自らに問い掛けていきたいと思います。