梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

教育現場の希望が見える

 私が食養を始めて数年、いまは毒の消し方や病気の治し方など知識も少し深くなりました。自分では毎日、出来は悪いですが心掛けながら体調管理をしています。

 最近でもシャンプーをしなくなったり歯磨き粉を使わなくなったり、体に必要なものと余計なものを食以外でも選択しています。

 健康と体型を一緒くたにして、体重を気にする人がほとんどですが、本来は体重ではなく体温を見ることが必要だったりします。免疫力があるかないかも便が健康的に出ているかどうかで分かりますし、花粉症などのアレルギーだって弱めていくことは可能です。

 体に必要なもの余計なもの、ただそれだけの事ですが、現代は余計なものが一般的になっています。だから意識しないと私たちは不要なものばかりを体に入れていることになる。

 不要なものは体に害のあるものです。なんとなく太っている人を見て「溜まってしまう」くらいに思っているのは危険で、不要なものが血液を汚し体を錆びつかせ、臓器や脳や筋肉、免疫機能などを壊していきます。

 だからできれば自分だけじゃなく、皆にも養生してもらいたいと思っています。押しつけることはしませんが、学校の先生たちには食事、栄養の話をよくしています。

 30代40代50代と、人間は年を重ねるほど病気と縁が強くなります(ほんとは違いますが)。心臓の薬を飲んでいる、痛風だ、糖尿の気がある、癌が怖いなど、食生活が悪いと自覚していてもいなくても、若い時に遠かったものが現実的になっていきます。

 だから皆さん結構私のする食と健康の話を興味深く聞いてくれたり、ご自分の事情を相談してくる人もいます。私も自分の体験談を含めて、言えることは率直に話します。

 ある学校の先生が私と話した内容を、学校の保健の授業で生徒さんたちにも話しているとお聞きしました。もちろん私の言った事をというのではなく、その方なりに考え信じたものを、教師として生徒さんたちに教えまた投げ掛けてみたいと考えたからでしょう。

 私はこれを聞いて感激しました。嬉しいとかそういう事じゃなく、そうかこの手があったか!と。やはり学校教育は私たち日本人にとって根幹とも言えますので、その役割は大きいと思います。

 だからこうして体育の先生が保健の授業で、教科書に書いてることをただ詰め込み式に教えるのではなく、生きていく上で必要なこと、自分で考えるべき切実で現実的な問題を投げ掛ける意義は、果てしなく深いのです。

 ダメになろうと思えば、崩れようとすれば、いくらでも落ちていける現代社会において、自ら倹約し自制し、自分の信ずるものを持つことは本当に難しいからこそ貴重であると、私は考えます。

 不誠実でデタラメな食生活をしておいて、体が辛いだ苦しいだと嘆いても、結局それで悩むのは本人です。誰が何が助けてくれるわけでもなく、あなたの健やかな人生を保障してくれるものでもありません。すべて自然の摂理であり、良くも悪くもやったなりなのです。

 それを考えまた話していく機会は、私に関して言えばチームの監督さん、親御さん(これは少ない)、選手だけであり、そういった意味では学校での授業というのは、日本を支える根っこの一つであると改めて感じました。

 上述の保健体育科の先生のように、授業で子供たちに大切なことを投げ掛けてくれる教師は、それほど多くないと思います。

 それでも私は、そこに期待するということじゃなく、誰かがどこかで繋いでくれると信じて、きっと報われないだろうけれども、唯々自分のできることを行動に起こしていこうと思っています。