梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

終わったあとの表情にすべてが出ていました(追記しました)

 今日の練習は足を痙る選手が続出しました。それだけ目一杯取り組めたということです。

 やり切ると達成感に包まれます。なんとも言えない心地よさがあり、死ぬほどキツかったにも関わらず、子供たちの顔はスッキリとして、終了後は皆笑顔になっていました。

 トレーニングの終盤、一人太ももの前が痙ってしまい、振り向くともう一人同様にして痙っており、さらに遠くでまた一人うずくまっています。

 あちらこちらでストレッチが始まりました。しかし応急処置でとりあえず筋を伸ばし、皆最後までやり切りました。

 やりきれば、

「今日は心底頑張ったな」

 自然とそんなふうに納得する事ができます。

 全力を出すとはどういうことなのか、自らの限界はどこなのか、そこに初めて到達することができたのではないでしょうか。

 無意識に抑えてしまっているそのトリガーを外して、ここまでと引いているラインを越える経験を、自分達の意思でおこなった意義は大きいと思います。

▼追記

 足が痙ったことを理由にして、その後の鍛練をすべて休む選択をすることもできるわけです。そうやって逃げる方法として使うこともできるし、実際にそうする選手も存在します。

 でも今回は練習を離脱する者は一人もいませんでした。私からは何も言いませんでしたが、選手たちが自らストレッチをし、緩和されたのちにまたトレーニングを続けていったのです。

 彼らの主体的な決断であり行動です。これが自助力ですね。感心しました。