梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

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時代が変わっても僕たち一人一人の心は変わらない

 よく「今はそういう時代じゃないから....」と言いますよね。昔とは時代が違うから現代に合った云々....なんていう決まり文句があります。しかし時代は変わっても、人のモラル、秩序、心の根っこは、いつだって自分の信念で決められるんじゃないでしょうか。

 家庭で「今の子供はこうだから」と言って、我が子の様子を嘆きつつも見過ごしてしまう。親が躾などを面倒くさがったり開き直ったりするケースって少なくないと思います。でもそこに、なにか社会全体の流れがあって、うちの子もしょうがなくそうなっているみたいな言い訳がありませんか。

 私たちは何かにつけて、全体の動きが自分にも影響していると考えようとします。ある意味他人事のような、状況を抽象的にぼやけさせて自分から事を離す傾向が、人間にはあるかもしれません。

 現代的な思考はこうだから、今の子供はこうだから........

 ちょっと私には違和感があります。

 まるで世の流れに付き合わされているかのように、自分の意識とか判断から顔を背けていませんか。でもそれは違いますよね。時代がどうであろうと自分の中の原則、信念とかモットーはあるはずです。

 子供の時に、歩きながら食べ物をパクパクやっていたら、行儀が悪いと怒られましたね。それを家の外でやろうものなら倍は叱られました。おもちゃだって、買い物や食事などのときに外出先まで持って行ったりはできませんでした。もちろん周囲に迷惑を掛けるかもしれないからです。

 でも今は何でもない。それは皆がやっているから?大人でもやっているから?現代っ子がそうだから?関係ありませんよね。

 今の時代は皆やっていて当たり前だから、咎(とが)められないから、時代が変わったから。いやそうじゃなくて、あなた自身の心にあるモラルで決めているんです。それらは自分自身の線引きであって、時代じゃない。人の心にある良心は、いつの時代だって変わっていません。

 あくまでも個々の、私たち一人一人の信ずるところの違いがあるだけだと思います。時代がこうだから流されるしかない、もう妥協し阿(おもね)るしかない、なんて諦めないでください。

 あるいは自分が悪いんじゃないと心に言い聞かせ、品行が崩れたり、規則がルーズになっていくことに便乗するならば、それはやはりあなた個人の決断であり責任です。こういう時代だからしょうがないと逃げることはできません。

 皆がやっているし咎められるワケじゃないけれど、でも自分の信はこうだ、こうであるべきだと、常に己の事として目の前に向き合い、責任も果たせるはずです。あなたの信ずる道は何なのか、その心の根っこはいつの時代も一緒なのです。