梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

ある高校の引退した3年生の話

 7月頃だったか、関東のある高校チームにトレーニング指導で訪問した折、今年の6月で受験に向かうため高校での現役を引退した3年生が一人、僕のところへ挨拶に来てくれました。

 僕が今日来ることを聞きつけ、練習後に体育館へ顔を出してくれたようです。

 そのとき少し、彼と進路について話しました。理数系クラスの彼は、建築関係の仕事に興味があるんだとか。それから大学のオープンキャンパスで学部の説明会に行ったところ、橋などを造るような土木にも惹かれたそうです。橋を造ったり、日本そして世界のインフラを支える仕事をしたいと考えるようになったということでした。

 さらに自分が高校1年生のとき前十字靭帯を断裂した経験から、膝装具などの医療器具それからケガ・障害を持つ人を助けるために医療機器を開発したいとも話し、広く夢が膨らんでいます。

 僕は感心させられました。やはりこれこそが教育の真のあり方ではないでしょうか。こうしたい、これをやってみたいと目指す世界があること、チャレンジに心が動き未来へ力漲る、そんな子供を育てることが教育の本来寄与するところだと思うのです。

 この教育というのは学校教育だけを言っているのではなく、大人や社会が、これから未来を創っていく若人をどう育てていくかという意です。逞しい労働力を育てることこそが世を支える礎であり、教育はそのエネルギーを生む任があると、僕は思っています。

(もっと正確には「任」ではなく「働きかけ」だと考えます)

 とかく大人は進む道を決めようとしたり、そこから踏み外さないようにすることに力を注ぎます。でも本当は、自分で生き方を見つけることがたったひとつ、大事なことです。生きる根っこがあれば、それが、確固たる自分の意見を持ったり、挫けない強い精神力を持つことにも繋がっていきます。

 大人の仕事は、体裁を整えることでも型にはめることでもなく、その人間の夢を応援することではないか、そうやって夢を持つことを語っていくことではないでしょうか。

 すなわちそれは、己の人生をどう生きるかということになります。生き様ですね。

 彼の話を聞きながら、わざわざ僕に会いに来て、短い5,6分ほどの会話の中でその輝く瞳を見たときに、将来に向けてワクワクしている彼の熱が、ありありと伝わってきました。

 その感覚こそ最もいや唯一貴重なものじゃありませんか?

 結果的にうまくいくのか、最後までしっかりと勉強し続けるか、それは問題ではありません。これから起こることは彼自身の問題であり、彼自身が出す答えです。学校や親はどうしてもそこに口うるさく関与しようとしますが、それは本人の人生であり、本人が受け止める課題です。

 社会・学校・大人・親は、子供に夢を持たせたり暖め育てることの手助けをするべきでしょう。数年後、最終的に彼がどの職業に就いているのかは考える対象ではありません。憂慮したり口を挟む余地を、大人や社会は持つべきではないし、その立場でもありません。

 夢叶わなくともよい、まだ志半ばでもいいんです。自分の人生の目的や目指すものをしっかりと見つけられていて、エネルギッシュに今を生きるということが何より貴重だと、僕も彼から学ばせてもらいました。