梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

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体つきで判断は出来ない

 あるチームで練習をしていたときに、ふと見えたこと。ごくごく当たり前のことですが。

 見た目には筋肉のラインにめりはりがあってムキムキっとしている選手、これは専門的にはディフィニションと言うんですが、筋肉が発達していけば線が太くなり脂肪が少なくなって筋の膨らみがはっきりとしてきます。

 フィットネス器具のコマーシャルなどに出てくるモデルさんなんかをイメージすれば分かりやすいでしょう。あんな肉体を見れば誰でもスゴイ身体だなと感心しますね。そしてめちゃくちゃトレーニングしているんだろうなぁ、と肉体強化の成功をその体型に重ね合わせることでしょう。

 当然、バーベルも例えばベンチプレスやスクワット、デッドリフト、これらフリーウエイトも高重量を逞しく持ち上げる姿には、トレーニングの成果を素直に感じます。

 しかし、そんな逞しい体つきの選手ですが、一方で例えば、雑巾掛け競争をしたらものすごく遅く、自衛隊のような匍匐前進(ほふくぜんしん)をしたり、人を担いで歩く引っ張るとなると、チーム全員で競争してもまるで遅くて、まったく能力を発揮できません。能力が発揮できないのか、はたまた能力などじつは蓄えられていないのか。

 かたや見かけにはそれほど筋量も多いわけではなく、ビシッと力強い体勢を作れるわけでもない選手が、マッチョ野郎など相手にもせずぐんぐん動けたりしています。もちろん皆で同じように体力トレーニングをしているわけですから、彼とて筋力の発達はあります。しかし見た目には、それがはっきりと見て取れるようなものはないということです。

 ごついマッチョな体格の選手がいて、細身で筋肉のめりはりもさほどない選手がいて、一見ではマッチョな選手の方が良さそうに見えるし評価も良いが、実際のパフォーマンスは見栄えの劣る選手の方がはるかに高いという現実。それでもさらに我々は、見た目で多くを判断する傾向にあるという矛盾を、練習を見ながらふと考えました。

 トレーニングの本当の成果は、見た目では分からないです。判別してもいけません。見栄えのする筋肉ではなく、使える筋肉をと選手には言います。当然正しく自分の競技力を高めるためのトレーニングをしているのですが、やはり基準がウエイト・トレーニング自体での成功に、いつの間にやらなってしまいます。全員ではないですけどね。ウエイトのためのウエイトになっている人は正直多いです。

 それはプロ、アマチュア社会人、大学など高いカテゴリーでもそうです。プロの世界で未だにそのような価値のない身体づくりをしている現実もあります。どんな素晴らしい体格になっても、競技で役に立たないのであれば無意味です。トレーニングの真の成果は体格には現れません。正確に言うと体格ではなくて「筋肉の太さ」ですね。そこでは判断できないのです。

 体つきが良いからと言ってトレーニングが上手くいっていると判断することは軽率です。いつの間にか見た目をつくるためのトレーニングになっていないでしょうか。本当に養うべき身体能力というものをよく考えてトレーニングをおこなってください。