梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

力があるけど勝てない...に挑む

 あるチームで「どうして勝てないのか」という話をしました。強いけど、伸びているけど、頑張っているけれど、でも試合には負ける。優位にゲームはすれども結局いつも勝てない。これはどういうことなんだろうと、選手たちと考えてみました。(内輪の個人的な話なので皆さんには何の話なのか明確に伝わらないかもしれませんが、それでもきっかけになればと思いますので書いてみたいと思います)

 先日、全国高校総体の県予選がありました。多くの3年生たちにとっては最後の戦いです。私たちは全力でぶつかりました。そして第1シードの王者相手にゲームをリードし、ギリギリまで追い詰めました。でもやっぱり負けました。終盤での逆転負け、たった4点差です。

 じつはこの以前の大会でも、その前の大会も、相手は違いますが全て終盤に逆転されて負けています。どの負け試合でもゲーム全体的に言えば優位であったということです。もちろん未熟な部分だってまだまだありますが、多くの時間帯で優勢にゲームを進行をしているのです。これは確かな力ではないのでしょうか。どうして必ず負けになってしまうのでしょう。

 一所懸命に練習してきて、スキルも成長している、持久力も成長している、パワーも成長している、実力は確実に上がっているのに、試合には勝てません。この最後のインターハイ予選でも、重要な場面で、相手チームの凡ミスでボールが勝手に自分の手元へ飛びこんできたとか、そういう勝てる流れもあったと。これは完全に勝てるよと神様も言っていたに違いない。なのに、それを活かせず躍動せず、崩れてしまいます。

 これは、相手の底力でしょうか。本当は自分たちから手放していないか? こんなに練習して、力も絶対上がっていて、勝ちたいと思っている。でも最後は自ら転んで相手に譲ってしまっているのではないかと、ささやかに投げかけてみました。

 ここをちょっと真剣に考えてみないことには、おそらく今後も、この新チーム以降も、同じ状況が続くと思ったのです。そしてこの未完の大器ともいうべき現象は、きっと日頃の積み重ねの上に作られています。普段のクラブ活動の中に失速の原因があすはずです。最後の一番大事なところ(=結果)を手に入れない、詰めが無く追求も甘い、そんな事の繰り返しがあるはずだと、真剣に考えてみようと。

 何でも物事中途半端、頑張っているけれど最後はやっぱり大雑把で、完成まで作りきらない。そういう行動の繰り返しが試合に現れていないか。だからそれを続けていたら、いつまでもこのチームは勝利を自ら放棄する試合を繰り返すでしょう。どれだけ強くなったとしても。

 ここからが自助の精神をつくる本当の修練になるのだと直感しています。