梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

模範解答を求める生き方をやめましょう

 最近、僕のところやPRO-ATHLETEのSNSなどに質問がよく来ます。でもそれは質問というべきか、丸投げと言うのか。単に質問の仕方の問題、言い回しとかテクニックと言えばそうなのかもしれませんが、それを最大限考慮した上で敢えて申しますと、ぜひもっとご自身で勉強されてみてほしいと思うのです。

 この情報に溢れる現代、ネットが普及し、書籍も山のように出版され、誰でもたくさんの知識を入れることが出来ます。しかも自分の力で。だったらほんの少しでもいいから、自分で調べて自分で考え、その上でこう思うんだけどと、あなたのお考えを教えていただいて、ともに知識を結び合って前へ進めていくことが最良ですよね。

 体のことについても、教育・精神のことについても、食のことについても、他にも様々ご意見やコメントを頂きますけれど、世にある情報で不思議に思ったこと、疑問に思ったことがあれば、安直に最後の答えを誰かから得ようとするよりも、まずはご自身でよく調べられたほうが有意義です。

 自分で勉強したもの─── 「勉強」とは答えを聞くことではなく考えを巡らせることです───は骨となり身となります。今やそれが誰にでも簡単にできる時代になったのです。

 少しでも自分で調べ考えたなりのものがあれば、それ以上の自分の力では知り得ない内容について質問できます。その質問した内容の土台には、自分の知っている知識がありますね。そうすると、ゼロから一気に最後の答えを導くのではなく、相手と議論できるようになるのです。そのほうがずっと自分にとって発展的です。

 議論というと、日本人的には “言い争う” というような印象があります。でも違いますよね。本来議論とは、互いに情報なり考えなりを示しあって、さらに深い見解へと共に導かれていくということです。

 日本人はそういうコミュニケーションが苦手だから、というよりも馴染んでいないので、何か違いがあると相手の “批判” というかたちで表現してしまいます。それは現代日本の「異なるものを許容できない」性格が影響しているかもしれません。

 今は子供でもスマホを持っている時代です。何でも調べられます。もちろんネットの情報はウソもたくさんあります。でもそれは書籍だって、高名な学者の論文だって同じです。何が絶対本当かはわかりません。だから自分でいくつか調べる、できる範囲で調べ尽くして、そうしたら重なる内容も出てくるでしょうし、信用できるものを少しずつ絞っていくことができます。

 そして最も肝心な事は、最後は自分自身で考えを決めることです。すぐに決められなくても、迷ったり悩んだりしても良いから、まずは答えを聞こうとする前にちょっと調べる。その上で、ご自身の頭で考えて着地点を決めること、そこから初めて他人との議論に入るスタートラインに立てるのです。

 意見は違っても良いと思います。しかし何も勉強しようとも調べようともせず、ただ「これはどういうことか?」「周りにも言われるけど実際はどうなのか?」と質問されても、正直困ります。

 僕だけじゃなく誰の意見であってもニュースであっても、それはあくまできっかけであって、そこから何を思いどう繋げていくかは自分自身の力です。それを「自助力」と言うんです。情報に振り回されないためには、常にそれをど真ん中に持っていることが大切です。

 人一人にできることは模範解答を教えることではありません。

 物事を深めていくのはあなた自身!ガンバれ!

 一つのことを意見を持ち合ってみんなで考えましょうね。