梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

「課題」の視点を間違えていませんか

 あるところでこんな話をしました。「課題」というのは、それをおこなう目的の部分にあるもので、おこなうこと自体ではないと。

 トレーニングにおいて自分たちが課題にしていることは何か、と聞かれたらなんと答えますか? スポーツの競技力を向上させるために何を得ることが必要かということですので、おそらくジャンプ力とか、コンタクトの強さとか、ケガをしない體とか、そうなると思います。

 でもなんとなく普段「課題」と言うと、皆さんどうでしょう。取り組んでいる内容のことをイメージしないでしょうか。自分に出された課題、今やっている課題は....スクワット、ベンチプレス、腹筋....とか。

 別の話で説明してみましょう。たとえば足し算というものを覚えようとして、それを訓練するのに問題をいっぱい解きますよね。先生から宿題として100問のドリルを渡されました。週末で全部やって月曜日に提出します。

 ここでの「課題」は何でしょうか?

 皆さんよく考えて下さいね。私たちは普段何気なく課題というと、もらった問題集を課題と言ってしまいます。本当はなんでしょうか? ここにある課題とは、100問の計算を全て解くことではなくて、それをすることによって、より足し算を正しく解けるようになることです。つまり足し算の計算力を伸ばすことが課題ですね。

 それなのに、私たちはきっと100問を終わらせること、先生に渡されたプリントのことを課題と考えるでしょう。視点を間違えていることに気がつく必要があります。

 100問解いたところで、もし30問しか正解していなかったら、その人の計算力は高くありません。課題はクリアしていません。課題=プリントってことになると、書き込んで提出してしまえば課題クリアとなってしまいます。70%も不正解なのに、課題をちゃんと取り組み、積み上げられている気になってしまいます。

 何がどこが、課題なのかを今一度考えてみましょう。

 体力トレーニングの課題は何でしょうか? そのメニューを毎日こなすこと、消化することが「課題をする」になっていないでしょうか。課題は、體の様々な能力を向上させることです。出されたメニューをやっているからといって、そこにある目的、柔軟性とか正しい姿勢とか動きとか、それらが習得されない人は課題の意味を勘違いしています。

 トレーニングをすること自体が課題じゃありません。それをすることで何を身につけるのかが「課題」です。大事にするところを失った取り組みは、単なる作業と化します。結局色々なことをやるけれども、何も掴めず何も変わらず、そうなってしまいます。

 もう一度、目的を明確にして、何を身につけようとするのかを理解して、その結果を求めることに自分の視点を向けましょう。