梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

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努力の価値について考えてみませんか

 どこかの学校の体育館で「努力をして得たものと努力そのものと、どちらの価値を考えるか」というような主旨の言葉が、ホワイトボードに書かれていました(この言葉の通りではありません、私の読み取り方です)。

 私自身はその言葉の真意はとてもよく理解できます。目標を達成するためには努力すること精進することがもちろん重要だけれども、それをやっているつもりでしかし成長がない、成果が見られないとすれば、努力の仕方を考えなければいけないのではないか、変える必要があるのではないか。そこを検証するのは肝心なところなんですね。

 頑張っている段階の自分に点数をつけて、何か満足してしまっている人は必ずいて、それは着地点が変わっちゃっていないかということなんです。あなたの目標はどこだったのか、今それに合致した取り組みになっているでしょうか、一度振り返ってみましょうよ、という投げかけのように思います。

 何か成功したいこと、達成したいことがあって、毎日力を尽くして頑張っていて、今あなたは満足感を得ているでしょうか。まったく記録も出ていないし、近くもなっていないのに、頑張っている今に着地点がある人は、「努力している自分」を評価してしまいます。そうすると結果が出なくても記録が伸びなくても、なぜか達成感を得てしまったりするのです。

 自分は「努力家だ」「真面目で立派だ」というような自己評価を、何も成し遂げていないのに持ってしまうなら、それはただの自己満足で終わってしまいます。それ以上、力が育つことも難しいかもしれません。

 努力をした過程は、間違いなくその他の人生経験に大きく活きるでしょう。貴重な力です。しかし今私たちは明確な夢を持ち、それを成し遂げると決めて、目標を立てて力を養っています。それを成就させることが真の目的であり、それを改めてじっくり考えてみてはどうでしょうかと、そのホワイトボードの言葉が静かに投げかけてきます。

 結果も努力も、どちらも価値は尊いものです。あなたはどこを見て何を目指していますか? 時折整理してみることも良いと思います。