梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

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ある先生の言葉を読み取る

 技術云々の問題ではなく、もう選手各々の心や行動の問題だ、そうあるコーチが子供たちに説いていました。それは体育館でのバスケットボールの練習やトレーニングのみならず。学校での諸々、授業の受け方だったり宿題の提出だったり、服装や掃除や休み時間の過ごし方、言葉遣い、さらには家庭での生活においても。

 その中で物事はっきりと自分はこうする、こうだと思う、と明確な意思態度を示すことができるかどうか。責任ある行動を取れるか。つまり大きく言えばあなたの生き方そのものが、現段階の試合結果に反映しているのだと。

 バスケットボールはコートに立つのが5人、交代で出てくる選手を足しておおよそ7〜10人。個人競技ではありませんから、いくら1人が素晴らしくてもゲームでは勝てません。5人がそれぞれ頑張らなくては。バスケットボールはそれくらい集団性の高い競技です。

 だから得点を取るエースだけがやれば良いのではありません。センターだけがリバウンド頑張ればそれで良いのではありません。全員が得点を取るために直接でも間接にでも頑張る必要があり、全員がルーズボールに食らいつき、全員でディフェンスを頑張ることが重要なのです。

 さらに、自分は得点を沢山取っているからディフェンスは出来なくてもいい、とか、エースはあいつだから自分はいるだけで貢献しなくていい、とか。はたまたキャプテンだから自分中心に動いて良いなどと考えてしまったなら、必ずゲームは壊れます。あなた自身も決して成就できません。

 そのような話に繋がることを、その先生は仰ったのだろうと僕は思います。決意を持てるのか、責任を引き受ける勇気を持てるのか、そのためには日頃の過ごし方から考える必要があるんじゃないかと言っているのです。

 誰かではなく、1人1人皆が活躍しなければチームスポーツは大成しません。大きくても小さくても必ずあなたの貢献が必要なのです。得点を取れなくても、他にやれる事は沢山あります。コート上での仕事は多いです。

 自分に自信を持つなんて言いますが、もっと現実的な表現をするならば「信じる」です。自分の力を信じること。自分を信じられなければチームメイトを信じることはできません。

 自分を信じるということはある意味、責任を取る覚悟を持っているということです。私の力で勝つ、貢献する、と。その決意を持つことが自分を信じるということです。

 そんな決意のある人は、一所懸命に練習するでしょう。苦手なプレイ、弱い部分を磨こうとするはずです。誰が、ではなく「私が」です。互いが自分の決意においてやるべきことをきちっとやっていれば、自然と信頼し合える関係が作られるでしょう。助け合う、いわゆるチームワークも築かれていくはずです。

 1人1人が「私が頑張って皆を助けよう」「勝利に貢献しよう」と、責任を取る覚悟で第一線に立つこと。それをチームの皆が心掛ければ、チーム力というのは今の何倍も強化されていくでしょう。

 得意なことだけにすがり、苦手なことをなおざりにする。チームの得点源かもしれないけれどディフェンスをせずリバウンドもいかない、じつはそこが敗因となっているのにも関わらず修練しようとしない選手を、誰が信頼しますか? 周りは着いて来ますか?

 未熟な部分を覆い隠して、得意なことだけで活躍している気になっている身勝手から脱皮することです。チームに貢献しよう、私のここで負けていると思えれば、「誰が」ではなく「自分が頑張る」になります。ミスを周囲のせいにすることもないでしょう。

 それを選手全員が心掛けるならば、自分を信じ、皆を信じ、そして自分も信じてもらえる最強のチームの絆が生まれます。それがここから先の、勝つために必要なものです。

 だからまずは己の身の回りを正せと、いうことだと思います。