梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

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ハンデを負ける理由にしない

 現実的に変えられないものを言い訳にすると、足が止まる。高さがカギを握るバスケットボール、自分たちよりも10cm背の高い相手を前に「しょうがない」と言ってしまえば、その時点で戦うことより負ける理由を作り出す。

 体格の太い、自分より一回り二回りも幅のある相手に、遺伝子が違う、根本が違う、だからしょうがない。そう言ってしまえば何もかもが勝てない言い訳となる。

 身長は意図的に伸ばせるものではないし、体格も細身の選手がどれだけ鍛えたって、プロレスラーや相撲取りのような体格、ナチュラルにごつい欧米選手のようにはならない。その物理的に変えられないものを取り上げて、だから「しょうがない」と自分を納得させるとどうなるか。

 「できないことは考えたってしょうがないから、変えられるところを頑張って磨こう」

 てことになると思う人がいるかもしれない。でも、しょうがないと言っている人の大半は「そこで負けることはOK」ということにしてしまっている。

 だから実際は、変えられるところを磨いて強みや武器にして勝負するはずなのに、最後はいつも「やっぱり高さの無い分で負けた」「体格差のコンタクトで負けた」と、諦めている部分を理由にする。

 それは同時に、伸ばしてきたはずのことをもプライド無く切り捨ててしまうことになる。

 高さのない分スピードで勝負とか、持久力を磨いてとやってきても、結局は背が低いから負けたと言い訳が口を突く。それを繰り返すうちに、変えられるスピードや持久力さえも、一級品に高めようとしなくなっていく。大概がそんなもの。

 だから私は、変えられないものや不利だと認めざるを得ないものを言い訳にしてはいけないと選手に言う。

 高さで負ける分を克服するだけのスピードを身につけるのではなかったのか。体格のハンデをもろともしない圧倒的な持久力を作ることが、本当の「変えられるところで勝負」という意味だろう。

 さらに私見を述べれば、身長差のあることが高さを諦める理由には間違ってもならないと思っている。体格の大きさに差があることを、フィジカルな場面で負けて良い理由にしてはいけない。身長は変えられないし線の太さも現実的に限界がある。そこは変えられない部分だが、高さやコンタクトを強くすることは誰でもできる。

 ジャンプ力を上げようと跳ぶ動作や筋力を高めること、相手に跳ばせないポジション取りやボックスアウト技術を磨くこと。背が低くても高さに強くなることはできる。コンタクトもまたしかり。

 変えられないハンディキャップを、自身の競技力向上を諦める理由には、絶対にしてはいけない。

 そんな話をどこかでしたことがある。