梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

その人に合った指導ってなんでしょうか

 その人に合った指導法とか、その人に合ったやり方、みたいな事をよく聞きますね。それを聞くと何かタイプがそれぞれあると思ってしまいます。個人によってひとつずつ教え方ってものを作らなくてはいけないなんてなると、こりゃ大変だ、それは無理だって、なってしまいそうです。

 クラスに40人生徒がいたら、先生は40通りの教え方を模索しなきゃいけない。来年はまた違う40通りを....てことになります。なんかフワッとした抽象的な物言いなんですよね、この言葉って。体裁よく聞こえますけど。みんなありがちに売れ線的に言いますけどね、批判のない鉄板ということで。でも現実的じゃありません。

 ダイエットで例えると、私には糖質制限が合っているとか、1日1食ダイエットだとか、こっちの人は運動ダイエットだ、その中でも私はヨガ、あなたは水泳、そちらは筋トレと。どれが本当に正しい方法かなんてTVでよくやってたりしますが、そういう眉唾の話と同じで、スポーツ指導でも「その人に合う指導法」という話がよく出てきます。

 これは僕の私見ですが、というか経験則の範囲で、しかし責任を持って申し上げますが、いわゆる勉強の方法というのは、個別の習得タイプがあるんじゃなくて、段階があるだけです。初心者、中級者、上級者....と、それぞれに必要な勉強法があるということです。バスケットボールのことで言えば、競技能力において段階的な指導法や練習内容が必要だという話です。

 多くは学年別に分けることがあるかもしれません。身体的な成長過程で分けて、年齢や技術レベルに応じた取り組みが求められるということです。その人の段階に不適合な練習やトレーニングをしてしまい、失敗しているケースはあると思います。

 それは難しすぎるということもそうですし、物足りなさ過ぎるということもあります。どうやっても経験が少ないし、運動もさほど出来るほうじゃない、そういう選手に「こんなのできて当たり前」の発想で練習メニューを組んだり、丁寧に教えることを省いたら、それは「その子に合っていない」となります。

 反対に、人より先をいっている子供に、簡単で発展のない内容を当てはめている場合もあるでしょう。以前、バスケットボールのプロチームで高校教諭あがりのコーチが、ガンバレ!気持ちだ!ばかりで具体策がなくチームが崩壊した、という話を聞いたことがあります。

 小学生に高校生のような厳しい追い込みはできませんし、大学生がバスケ初心者のような初歩のドリルばかりやっては、いつまでも成長できません。そんなこと当然だの話ですが、それが出来ていない現実社会があるわけです。

 20才でも足し算引き算が出来なければ、その人の今やる課題はそこであり、10才で大学の学問が考えられる子がいれば、その子はそこで勉強するべきですね。教え方の手を変え品を変え、じゃなくて、今の段階に合った勉強のテーマ・課題を見つけることが、的確な勉強法です。

 

 言葉そのままに「その人に合うタイプ」となると、見つけるのが難しいってなってしまいますけど、段階で考えると整理がついてくるのではないでしょうか。