梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

感情をコントロールできるようにしよう

 昨日のトレーニング指導は、大会が終わった3日後でした。上位を目標にしていましたが、準々決勝で敗退しベスト8どまり。聞くと、その翌日に練習をおこない、走り込みメニューだったようですが、3年生が何かぐずぐずと言っていたということでした。走りたくないとかもっとリバウンドとかそっちのほうだろ、とか。かたや2年生は、あまり試合には出ていませんが「しょうがない」と、40分走れる足が無くて負けたのだから体力づくりしかないだろうと、やる気モードで朝来たようです。

 実際、私もビデオを見せてもらいましたが、ディフェンスの足が重くファールの多いゲームでした。スタメン2人は終盤足が痙っていたということです。バスケットボールの礎となる走力がまだ未熟だということは、結果からも明らかに見えることでした。愚図ってはいたようですが、結局はその走り込みを皆やり切り、練習前と後では表情が違っていたと、気持ちの変化がマネージャーの目に映ったようです。

 これはじつは、どの練習メニューが正しいとか間違っているという話ではありません。理屈が正しくても違っていても、3年生はどのみちブツブツと何か不満を出したでしょう。敗戦の翌日すぐにきつい練習をすることに、気持ちが向かないという、ただそれだけの話です。

 でもこれは今後に大きく影響します。そういう上がったり下がったりの感情で、つまり頑張る怠けるを気分で左右されているような選手では、絶対に己を向上させていくことはできません。来月には最後の大一番のインターハイ予選が待ち受けていますが、残り一ヶ月、たった一ヶ月でも十分積み上げることはできます。それを無駄にするとすれば、この3年生の意欲低下かなと思います。

 トレーニングコーチの立場から、ひとつだけはっきりと伝えました。結果・勝敗に一喜一憂するなと。1つの勝ち負けに心を揺さ振られているような、そんな弱い意思ならば、キミたちの目標は絶対に達成できないし、最後すべてが終わったとき自分の心が満足することもないだろう。

 勝ちたいが為に辛く苦しい練習を頑張ってきたことは理解するけれど、だからといってそれに相当する見返りが必ず貰えるとは限りません。結果が希望どおりじゃなくてやる気が削がれてしまう程度なら、負けて当然とも言えるでしょう。決意とか決心とかって、そんなものじゃありません。

 どれだけ頑張ったってまだまだ未熟なところはいくつもあるし、今はまだ目標の途中です。勝つ機会はまだ先に残されているのです。もちろん鍛練は体に堪えるし、やはり精神的な強さが大きく関わります。だからやはり、心の安定が必要で、感情を一定に保てるようにならないといけません。外の要素に感情を支配されているうちは、自分を高めることはできません。何があっても常に自分の決めた道を歩ける心の強さを持つことです。納得できるかどうかは自分で決めるのです。勝敗によってそう“思わされる”のではなく、自らが判断することです。

 なぜ感情をコントロールできないかということを少し考えてみましたが、ひとつには過信があるかもしれません。本当は5のレベルなのに、結果でもそれが出ているのに、自分では7の力があると思っているので、不満が大きくなるのです。これも少し話をしました。

 自分の未熟さに袋を被せて隠し、見ないようにして、出来る人間と自己暗示を掛けることって、ありませんか? 本当の自分と向き合えない、自分を真っ直ぐに見られない、そういう着飾りや格好つけが、感情の浮き沈みを作っていく大きな原因だと私は思います。謙虚であれば、どんなときにも身の程をわきまえて堅実に自らの道を進むし、決めた目標に向かって地道に積み重ねることでしょう。

 先ほどの愚図る3年生と潔く走ろうという2年生の違いが明快です。2年生は試合に出ていないのです。3年生は主力です。試合に出してもらえない選手たちが頑張ろうと思い、皆を高みへ連れて行くことを託されている主力の3年生が、どうして責任も引き受けようとせず文句を言うのでしょうか。誰こそ謙虚になる必要があるのか。

 それを見据えた上での、監督の走り込みの指示だったのでしょう。身体的にも精神的にもそしてタイミングも、狙いのある練習だったのですね。さすが毎日子供たちと共に過ごすコーチは、肝心なところで素晴らしい手綱を引きます。このちょっとしたアクションが、乱れかけたチームの息を吹き返すことになりそうです。

 大変勉強になる出来事でしたので、個別事情を公開するか少し悩みましたが、不利益にはならないよう内容を熟慮して皆さんにもお伝えすることにしました。ぜひ身に置き換えて考えてみてください。