梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

誰のための声なのか

 チームスポーツにおいて、雰囲気の良い練習が出来ているときというのは、声がよく出ています。互いの声が周囲に響き渡り、全体が活気づいていきます。

 「声」とは何でしょうか。よくコーチが「声を出せ」と言いますが。チーム内でも「おい声出そうぜ!」なんて聞こえてきますね。声は「=言葉」です。声は「音」ではありません。声が出て活気づいてくるのは、それによって意思疎通が取れるからです。相手に伝わるコミュニケーションだから、練習の一つ一つに意味が施されて、中身が濃くなり充実していくのです。

 あるチームに声の出る学年と声の出ない学年がありました。私はチームの中心に入ってこいという思いで、声の話をしました。その後その学年は頑張って大きな声を出していました。でもどうしてか、彼女たちの声は聞こえてきません。変わらず声の出る学年の声だけがフロアに響くのです。

 何か違う。私も少し黙って考えていたのですが、それは、選手たちの声が「音」だからだと気がつきました。ボールが床に弾けるときの音、走るときに床を蹴る音、それと同じ「音」です。音では意味のある言葉ではないから人の耳に入りません。だから聞こえない。

 彼女たちの声はなぜ「音」なのか? 本人たちなりに懸命に「ファイト~!」「がんば~!」と言っているのに。方や声の出る学年は、遠くから見ていてもすごく声を出しているのが分かります。もうありありと伝わってきます。声の大きさはそんなに変わらないはずなのに、なぜ一方は聞こえないのか。

 ここで考えたいのが、「その声は誰のため何のために出しているのか?」ということです。声の聞こえない学年は、苦しい練習を乗り切ろうと必死に気力を振り絞って声を出しています。誰のために?自分のために。何のために?自分の心を奮い立たせるためにです。自分にあてて声を出しています。だから他人には聞こえません。

 正確に言えば、聞こえてはいます、でも届いていないのです。自分への激励なので、チームの中には入っていかない声です。チームスポーツなのに、チーム練習なのに、我のことで頭が一杯。こういう選手やチームは絶対に良くなっていきません。

 仲間が良くなるようにと、相手への思いを表に出して伝える、チームのために声を出す。声を出す理由が変わったとき、一気にあなたの声はフロア中に響き渡るようになるでしょう。現に声の出る学年は、離れて見ているコーチの私にも、はっきりと届いてくるのですから。

「ほらここガンバレ!あと2本!もう少しもう少し!踏ん張りどこだよ!顔あげて!」

 自分以外の誰か何かのために頑張ること、声を出すことが、あなた自身の活力と成長にも繋がるのではないでしょうか。

 なぜあのチームは輝いているのか、声を出す目的を一度考えてみてください。