梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

悩みというものについて

 悩むということについてちょっと考えてみたいと思います。

 スポーツにおいて、コーチの悩みは尽きないかもしれません。なかなかスキルが向上しないとか、試合で全然勝てないとか、選手の士気が上がらない、問題行動を起こすなど。多かれ少なかれどんなチームどんな人にも、苦しい事態はきっと生じているでしょう。

 しかし、どんな事にしろこれを解決しなくてはいけません。悩ましいことだけれども乗り越えるためには何とかしなければいけないし、それをするのは本人しかいない。救われたいのなら自分で解決するしかないのです。

 ひとつ言いたいのは、「悩む」ことは決して良いものではないということです。悩むこと、悩みを持っていることを、何か真面目で褒められることのように思っている人がいます。つまり、自分は悩んで苦労している、困らされているが、そんな中で頑張っている、人よりいつも物事を考えていると。

 悩むことをイコール「思考」と捉えている人がいるようですが、よくよく整理してみてほしいのです。あなたはその悩みを取り除いたのでしょうか。悩む苦しみから自分を解放し幸せにしたのですか?

 悩んでいる人というのは、大抵はずっと悩んでいます。なぜ解決させないのか、なぜ前進しないのか。いくらかでも前へ動けば大きく違うだろうに、ずっと同じ状況に居座ります。

 じつは「悩み」には、現状に足をへばりつかせ思考を停滞させる危うさがあります。これは一種の麻薬で、それを持っていることで意外と満足していたりするのです。悩むことイコール物事を深く考えていると捉えるのは間違った精神です。苦労=努力も似たようなところがあります。

 思考するのは、より良い方策を見つけたり解釈や真理を得るためですが、「悩み」とは永遠にそのことにとらわれ苦しむことです。前進したり変化・成長しないのであれば、思考するとは言いません。

 それにどれだけ悪い状況にあってもそこから動こうと努めている人は、それを悩みとは思っていないものです。どうクリアしていこうかと、次のステップにしか目が向いていないのですから。それに対して悩みというのは、いつまでも延々と同じ場所に居座り続けてしまう心と脳の停滞に他なりません。

 もし悩みを持つ人からの相談を受けたとしても、大概あなたの助言はその人の役に立たないでしょう。悩むことにとらわれている人は、解決する方法を探そうともせず、行動も起こさず、「悩ましい」と言い続け、こちらが何を取り組んでいるのですか?どうしたら良くなるとお考えですか?と聞いても「そんなのわからない」となるのです。一番肝心な事なのにです。

 話をコーチングに戻しましょう。指導者は思いとか責任感が強いほど、日頃から不満を抱えている状態であるかもしれません。「悩み」が定着すると、苦労話が好きになり愚痴が多くなります。たまに良い結果が出たり兆しが見えても気づかず、せっかくの好機を逃してしまう人は少なくありません。悩みが好きな人は、まるでその悩みから抜け出したくないのかと思ってしまうほど、そこに執着しています。

 悩むことは決して良いことではありません。何か困った状況が巡ってきても、それは悩みになるのではなくて、自分に与えられた試練と捉えて、ひとつひとつ進んでいく方が確実に自分を幸せにします。

 人と語るならば、苦労話よりもこれからの希望を。精進するならば、現状に耐えることより変化のための行動を。思考はどんなことをも明るくしていくための歩みです。ただ停滞するばかりの「悩み」など、自分が勝手に作り上げている産物なのだと考える事ができるならば、すぐ今日から変われるはずです。