梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

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自分の頭で考える その五

 日本の団体行動教育の危うさ、周りに合わせるばかりで自分について自分で考えていない人の話をさらに語ろう。そろそろ佳境だ。

 みんな平行で横一線、多くの人が同じ行動を取り、意見も大きく傾くのが日本。それは今だけじゃなく戦後からずっと変わらないようだ。とくに最近は子供たちがとても素直で怖がりだから──大人も同様だが──右と言ったら右に向きやすい。過保護で外に放り出さないことも理由の1つにあるだろう。すべて大人が決め、外さないよう道を作る御膳立てをしてしまっているから。

 全体の真似をしようとする習慣がより強いほど、聞いたり考えたりする力が衰える。話の内容を自分の脳で解釈して展開しようとすれば、自分自身はどんどん磨かれていく。日々すべてが経験となるわけで、自分の頭で物事を理解し、言葉の意味を考えたり知識を整理することで益々成長できる。悩めば悩むほど乗り越える数も増えて、人間として強くなっていく。成長のカギは、己をしっかと意識しているかどうかだ。「我思う、ゆえに我あり」とデカルトの有名な言葉が思い出される。

 コーチが集合を掛けて全員に話をする場面がよくあると思う。コーチは全体に話しているが、聞いているのはキミ自身であり、キミは自分だけがコーチとマンツーマンで話をしているのだ。話を聞いている者はそういう感覚であり、周囲の事は意識に入っていない。でも「集合している」というパフォーマンスだけの者は、コーチのアドバイスも自分の頭に入ってこないだろう。

 さらに考えよう。トレーニングをおこなうとき、2人ないし3人で組むことがある。数人で順番に同じ内容をおこなうわけだが、常に他人に頼る者は、誰かが道具を取りに行けばくっついていき、試技を始めれば真似して自分も始めるなど、こんな具合にいつも人の行動を模倣してしまう。おそらくそういう人は、自分が今何をするのかしているのか、本当の意味では理解出来ていない。悲しいかな──もちろん今も昔もと思うが──スポーツ現場ではそういう選手がたくさんいる。

 ある関東の高校で、二人組でバーベルを担いでベンチプレスをしていて、片方の選手が自分の担ぐ重量をなんと「私何kg?」とペアの子に聞いていたことがあった。ペアの子はこれまた親切に、あなたは今何kgで次は何kgだよ、と全部お世話してあげていたのだ。まさにおんぶに抱っこだ。

 もうひとつだけトレーニングでの例。シャフトにプレートを付け外しする際も、二人三人がかりにも関わらず段取りが非常に悪いように感じている。やれ何kgかどれを外すのか誰の順番だと、全員がはっきりせずもぞもぞとしている。誰も主体性がないので他に合わせようとしていて、お互いに延々「どうする?」と投げ掛け合いをしているのだ。

 次はこうだよ!だったらこうしよう!俺はこれをするから!わかった任せたよろしく!そう意思を示せば終わることを、ずっと互いに「伺いを立てる」キミたち。「私」がないことに気がつこう。誰か何かに吊られ合わせ、自覚ある行動を取れていない自分を知ろう。

 全ての物事を、自分の頭で考えてみよう。いまコーチが言った話は何を意味するのだろう?この練習をするにはどんな段取りをつけると良いのだろう?自分はどのようにチームに貢献できるのだろうと。

 人任せはもうおしまいにする。周囲がどのような状況だろうと、自分の中で整理して発言と行動をする。これからは自分一人でスポーツに人生に、向き合っていただけたらと思う。ぜひ自分の足で歩いてください。では次回に結ぼう。