梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

テンポスバスターズ

先日の『カンブリア宮殿』というTV番組に出ていたこの方。私がいつも思うことと同じことをおっしゃっていましたね。たとえ話だったんですが、こんな感じの内容でした。

「50回の腕立てをしようとする人がいたとする。いま25回できる。それを50回にするためには、きつい26回目をやろうとする人が目標を達成できる人。22,23回くらいだって、もちろんきついはきつい。でもそれではダメなんだよね。自分のできるひとつ先を頑張れるかが大事だと思う」

思い出しながら書きましたので正確ではないですけど、こんなような話をビジネスのたとえ話としてされていました。私としては、ジャンル的に良い例えにしてくれたと嬉しくなりましたが。でも本当に、そういうことなんだと思います。

そして、なぜ私がこの言葉に食いついたのかというと、まさにこのたとえ話のようなスポーツ選手が多いから。自分では一所懸命、限界までやったと思っているかもしれないけれど、多くが、今自分の持っている最大の力の手前で「やり切った感」を持っているからです。

「そりゃ22,23回くらいでもきついんだよ?でも....」そんな会話の真意に、私は限界手前で満足しているスポーツ選手たちを重ねてしまいました。

「本当に今よりも伸びることを前提にやってる努力量だな?」そんなことを率直に選手に聞きます。信じていいんだな?その反復でキミは変わっていくんだよな?成長に責任持つんだな?そう聞くと、大抵は返事が返ってきません。だいたいは自分自身でわかっているんです。みな自覚しているんです、目一杯ではないってことを。

だから、それを続けてもいいけど伸びはないぞ成長はないぞと、そういうことを投げかけるわけです。

やはり自分で階段一個先に足を登らせるかどうかです。10でいいよ、と言ってももっと伸びたい人は11やるし、「今頑張っているし、とりあえずこんなもんでいいか」とは絶対に考えません。きつくても辛くても、もう一歩先までやってみよう頑張ろうとする活力が、成功する人にはあるんだと思うんです。

それはもう「気力」この一手だろうと。

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