梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

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人はときに挫けそうになります。これと決めて頑張っていても、どこかで戸惑いが出たり、他人の否定的な意見に流されてしまいそうになります。自分の考えについて、もしかしたら違うんじゃないか、あの人が言っていた事のほうが正しいのかと、主張を曲げてしまいそうになります。そうならないように、自分の考えに「こだわって」、何があっても「ぶれずに」とやっていこうとするのですが、ぶれないぶれないと言い聞かせながら、人は内心不安に駆られているものです。

ぶれない意見を持とう、とか、人はどうであっても自分の芯を作ろう、とする努力。それはそういう自分を「作ろう」としてやっています。作っている時点で、それは崩れるものということになります。結局、心の底から自然に思うものでなければ、絶対にキープできないのです。キープしようとしていることがすでに本心でないわけで、本当に動かないものならば、キープしようとすること自体必要ありませんね。「ぶれない」というのは、ぶれないように頑張ることではなくて、本気で信じているし確信しているから、ぶれようのないものです。作った信念、作った「ぶれない」は、他の見解を聞き入れず意固地になっているだけのただの「強情」かもしれません。

他者がどう言おうと別の価値観を見せられようと、それに対し何か反論とか敵対するわけではなく、とにかく自分の心からの思い、それが「信念」です。そして自分にとって、雨の日も風の日も良いときも最悪のときも、「これだけは踏み外さずにいよう」と堅く誓えるもの、それが一本真っ直ぐに通った芯(=ぶれない)だと思うのです。

「こだわり」「ぶれない」は頑張るものじゃない。あなたが長く習慣にしていること、無意識に毎日同じようにしていること、たぶんそれが「芯」です。すなわち常日頃の心掛けと行動です。自然に続けていれば、いつかそこについてぶれない自分が出来上がっているのです。だから、今はまだ志し半ば。積み重ねることで、いつか気づけば真っ直ぐなものになっているはずです。