梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

ケガと楽

最近、体の痛みとかケガというものについて、違和感をおぼえる場面がある。それはひとつふたつではなく、様々な指導現場において同じように見受けられる。

どこか少しでもケガを被ると、それを理由に“しない”を選択する選手が多い。練習しない、トレーニングしない。個人ではなくチーム全体的にそんな雰囲気がつくられている。いとも簡単に練習を休み、トレーニングを休む。「ケガ」だから出来ないのだと。

「あれが痛いので出来ません」

「こういうケガをしてしまったので休みます」

「今日は早退して治療に通います」

私がまだコーチ駆け出しの若い頃、こういう事を理由にしてしんどい鍛錬から逃げ、楽を取っている選手が少なくなかった。ようはサボりだ。仕方のない理由があると言わんばかりに、自分のサボりを正当化して誤魔化している者がいた。トレーニングの日には必ず接骨院などに行って練習を休む者。ケガだ痛みだを言い訳に、いつまでも楽なメニューだけしている者、もしくは何もしない者。そして案の定、そんな選手たちが練習を横で見学しているときの態度は「怠け者」そのものだった。

最近の印象として、またそういう安易な「休養・安静」の雰囲気が生まれてきているという実感がある。どのチームへ指導に出向いても、常に誰かしら欠けた状態で練習をしている。誰かが復帰したら誰かがケガ、それが復帰したらまた次の選手がと。次から次に、もしくはいっぺんに、トレーニングの舞台から戦線離脱するのである。

痛みというものを都合よく利用している者がいる。そういうやつは大抵、次々とケガの部位を変えてくる。ケガなので....医者に言われたので....とそう言えば、正当な理由として休めると思っている。何も文句はないでしょうと言わんばかりに。

きつい鍛錬を避ける方法として、「ケガ」というフレーズが逃げ道になっていないだろうか。また「治療」というものも同様に逃げ道だ。トレーニングできないほどひどく痛みがあるわけでもないくせに、ちょっとどこかが痛くなるとすぐ「ケガしたので出来ません」と、容易に“しない”を選択する選手のなんと多いことか。そのくせ試合には出たいから、そういうときには驚くほど元気な様子を見せるのだ。

もう、都合よく選んでいるのが見え見えじゃないか。

ある選手に聞いた話で、治療院からは「治療を休むとまた痛くなって大変だから通いなさい」みたいなことを言われるらしい。だから通い続けているんだと言うが。正直、そんなの当たり前だ。治療院としてみれば選手はお客、ずっと通ってくれたほうが稼げる。でもよく考えろ、引退するまでずっと通うつもりか?そもそもその治療でケガを“治して”くれるんじゃないのか。キミは治したいんじゃないのか?本来なら、二度と来なくてもいいようにしてくれるのが真っ当な治療だろう。治療の専門家として腕に自信とプライドがあるのなら、短期間ですっきり健康にしてくれるはずだ。

私はそんなことを選手に言った気がするけれど。選手からすると、数ヶ月治療に通っている、通っているということはまだケガの最中であり無理は出来ない、そういう発想だと思う。治療に通うことで自分はケガ持ちと認識しているのだろう。だからつまり、ケガじゃないのだ。

結局、選手自身が治療というものを調子よく利用している状況がここに見えてくる。ケガとも言えないような程度の症状で、さも科学的とでもいうような格好をつけて鍛錬を逃れている。事ある毎に今度はここが、次はこっちがと。だいたいケガを起こさない努力はしないくせに、治療となれば積極的に通うという神経は看過できない。

でもそれは大人が、そういう空気を吹き込んでいるからに他ならない。自分は怠けているんじゃない、ケガのせいで離脱してしまっているんだと、いくらでも都合よく責任転嫁できてしまう。とにかく、大したことでもないのに痛いだなんだと簡単に鍛錬を休む選手が、ここ数年増えてきている。

その雰囲気は、絶対に消した方が良い。

もしあなたがコーチなら、チームがそのような状態に陥っていないか、今一度よく観察してみるべきだ。これはチーム作りに重大な不利益をもたらす事案になり得る。あなたのチームでも、ひょっとしたらこのような選手や雰囲気がいっぱい、なんてこともあるかもしれない。馴染んでしまって気がつかなくなっているというのは恐ろしい。

チームが育たない理由はケガ自体にあるのではなく、言い訳という空気にあったりしないだろうか。楽がまかり通っている雰囲気にあったりしないだろうか。サボる者は、自分がしたくない練習のときだけそう言ってくる。そこをコーチは見抜かなくてはいけない。

選手がこのスタンスでいる限り、チームの雰囲気がそうである限り、コーチがそれを許している限り、そこに成長はない。

これは重要なことである。簡単に見過ごしてはいけない。