梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

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ひいき

私は贔屓するのは好きじゃない。コーチとして、選手に相対する中で、大きく育ってほしいと願うのは誰に対しても同じだ。将来有望な選手だからとか、エースだからとか、それでそいつばかり目をかけるなんてことはしたことがない。

子供たちは皆同様に頑張っている。その中で勝ち残れるかは本人次第。よーいドン!でやって、それぞれが切磋琢磨をし自らの壁を越えていく。コーチはその全体を見る。そのスタンスは今もこれからも変わらないだろう。

ポイントなる“こいつ”という選手を....なんて言うけれど、私にしてみればポイントになる選手はいっぱいいる。むしろ皆そんな選手になるように育ててあげたいと、そういう想いの方が強い。

コーチがキーマンを決めてしまうというのなら、選手自身の努力はいったいどこで報われたらいいのか。すっごく努力する選手だけれどすっごく下手くそだったら、そいつの頑張りは無視でいいのか? ぜんぜん不真面目で腑抜けた奴だけれど、チームの有望選手だったら手取り足取りするのか?

高い成績を挙げられそうだから手厚く面倒を見るというのは、ちょっと違う気がする。そういうことは私には出来ない。もし万が一ひいきするならば、私なら必死に頑張っている選手こそ手厚く手ほどきすると思う。自分の壁を越えようとして、成長しようとして、懸命に修練する者なら、自然と指導者も支えてあげたくなるものだ。