梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

練習をしないからケガをする

ケガをしているので練習を休む。最近そう言ってくる選手がたくさんいる。

どこどこが痛いので今日の練習はできません。このメニューはやれません。ケガが無ければやれるんだけど、ケガしてしまったのでやむなく、みたいに言っているのかもしれないが。聞く側も当然そうだろうという善意で聞いてしまうけれど。

そんなようにして練習をしない選手は、また今日もまた今日もと練習を休む。数ヶ月するとまた「痛くなったので....」と言って休む。1年2年3年と、度々それを繰り返す。結局中途半端にしか練習をしないで、何も育たずに、引退する。

だから、そう言ってくる選手は「ケガをしたから休んだ」のではない。「休んでいるからケガをする」のだ。練習をしないからケガをするのであり、トレーニングをしないからケガをする。痛いからやむなく休んでいるとか、やりたいのにケガがあるので出来ない、のではなくて。

練習を休むのと、復帰するその基準はどのへんにあるのか。どんなタイミングなのか。ずーっとケガ・痛みを持ち続けている不思議な選手がたくさんいるけれど、あなたはいったい、いつ治るのでしょうか? いつ復帰するの?

レーニング指導に行くときも、毎回毎回、同じ人間が「以前からの腰の痛みなんですが...」「手首の慢性の痛みが....」「足首がまだ完治していないので....」と、いつまでもケガを背負ったままでいる。なぜ治さない? なぜ治らない? それ本当にまだ「安静」なのか? と私は強く疑問を持つ。

そして子供たちに言うのです。「都合のいい言い訳にしてないか」と。

例えば「膝が痛いので無理のかからない練習・トレーニングだけします」と言ってきたキャプテンがいる。私は練習をさせた。なぜだか、ハードなフットワークも最後の走り込みも、平気でやっていた。「腰痛があって今度病院で具体的な検査をするので....」と言った女子選手がいた。今は練習を休んでいるので痛くないんですけど、なんて言っていたので少し話をしたら、彼女はその日、自ら練習に参加した。たくさん動いたのに、腰は痛くなかったそうだ。でも、痛みはどうだったと聞くと、「今日は痛くありませんでしたけど....」なんて言う。

ここに何か変な決めつけがあることが伺える。私は腰の痛み“持ち”の人間だ、ずっとそうだ、医者にも「安静に」と止められている。だから実際はどこも痛くないのに、何もしない。体に負担を掛けること (練習) を避ける“都合の良い言い訳”となってしまっている。

本人が明確にそう企んでいるのではないとしても、そういう状況は起こりえるのだ。ケガというものを理由に鍛錬を休む。鍛えないのだから体は弱いに決まっている。本当に痛みやケガがあるとしたって、そもそも体の弱い人間がどうして万全・健康にいられるだろうか。体力をつけるからケガが起こらないのであって、鍛錬をしない者がケガなく過ごせるはずがない。

練習を休み、未熟な動作を改善・上達させないから、崩れた動きで身体におかしな負荷が掛かり、ケガをする。それだから何度も何度もケガをする。練習をしないからケガをするのだ。今のキミの状態は、ケガがあるから練習を休んでいるのではない。コートの横で見学し鍛錬をしないからケガをしてしまい、痛みが続き、何度も繰り返す。

本当に動けないケガでやむなく練習を休んでいる選手は、そのケガを最短で治してコートに戻ってくる。多少の違和感が残っていたって鍛練を再開する。かたやキミは、痛くないのにケガ持ちだと決めつけ、やれないほどではないくせに言い訳にして、ずっと鍛練を休んでいる。

繰り返すが、ケガをするやつほど鍛えなきゃいけないはずだ。体の弱いやつほど鍛えることが必要なはずだ。練習を休んで楽していれば、弱い体がさらにも増してへなちょこになっていくだけだ。

練習をしっかりする者は、ケガをしない。