梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

話半分

人の話を頭に入れるか、入るかってことはすごく大事なことです。なんでも手取り足取り手を貸してもらいながらやってきた人は、そういうことが弱いかもしれません。もしくは言われたことを実行しなくても、何もとがめられずにきた人も。

「これはこうでこうだから、こうしなさいよ」と指示したことを、「ハイ」と言っておいて、じゃあ始めろとなったときに誰もそうしない。たった今説明したことなのに。そんなに難しいことを言っているわけでもない。一人二人じゃなく何人もの人間がいるのに、誰もが何もしない。

「今説明したことをなぜやらないんだ?」「こうしなさいと言ったよね?」私の頭は?マークだらけです。でもそう言うと子供たちは「........」。そう、てんてんてんです。「わざと反抗してそうしてるのか?」「言った内容が難しすぎたか?」私は率直に聞きます。どちらも横に首を振る。

私の憶測ですがおそらく、子供たちは人から言われたことを自分の頭を回転させて自ら理解しようと努めていません。努めようとする意思を持っていません。だからどんな話でも、なんとなくぽかーんと聞いているだけ。耳に入っているだけという感じで、話の内容を自分で呑み込もうとか整理しようとはしていない。それはどうしてか?

言われたことを今から自分が正しく実行しなければいけないという認識じゃないからです。内容を受け取った、任された、責任を持った、それがないのです。だから話半分で適当に聞いているだけです。自分自身へと落とし込んでいません。自分の仕事、自分に任された用事という認識がないので、話をよく聞いて理解しようと努める必要もないわけです。

人によっては小学生でも高学年にもなれば、聞いた話の内容を、「自分に任された、ちゃんとやらなければ」というふうに認識します。そういう感性が作られるのは、自分が誰かからひとつの仕事を請け負うというような事を、日常の中でたくさん経験するからです。どんな些細なことでも、言われたことの約束をしっかり守る、用事を任される、そういう事を経験していくことで自然と身についていくものだろうと思うのです。

言われたことを守らなくても認められ、任されたことを果たさなくても成立し、何でも至れり尽くせり代わりにしてもらい、そうやってゆるい教えの中で好き勝手に振る舞ってきたならば、人の話をしっかり理解しようなどと思うはずもありません。常になんとなく、話半分でいいのです。

だからこういった子供にはまず、「言われたことはちゃんと実行すること」「自分からよく聞こうとすること、理解しようと努力すること」という2つの行動を作らせていく訓練が要るわけです。子供たちとの日々の関わりの中で、これを実践するためのアクションを入れていきます。そうしないと急にはできるようになりません。随所でこの要素をちりばめ、訓練を続けていくわけです。

体力トレーニングと言っても、テクニカルな部分だけで子供たちの成長を作ることはできません。たとえ私たちが、スポーツ競技で良い成績を出すための体力指導という、部分的な役割を担っているだけだとしても、専門知識を発信するだけで成功を作れるものではありません。やはり生身の人間同士のコミュニケーションですから、色々な面において子供を人間成長させていくお手伝いをすること、面倒を見てあげることが求められると思います。