梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

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子供が勉強しないのはなぜ?

親が勉強する態度を見せずして、子供は絶対に勉強するようにはならない。ソファにだらしなく座ってくだらないTV番組見てゲラゲラ笑っている姿を見て、どうして子供は勉強する人間になるだろうか。

口だけ勉強しろ勉強しろと言っても、見倣うべき親が生活の中で不勉強であったなら、子供は生きることの中で物事を学ぼうとはしないだろう。子供は人がしていることを真似たがる。自分もしたいやらせろと言ってくる。だから親が生活の中で、何かを学ぶ(調べる、探す、取り組む)ことをしていると、子供には自然とそれが伝わるのだ。

「勉強する」「学ぶ」とはどういうことなのかを、子供は知らない。自分の知らない物事を知ろうとすること、知識を得るために真剣に耳を傾けること、チャレンジして実体験すること。それは近くで関わる人間から自然と教わることだ。子供が勉強しないのは「勉強する」とはどういうことかを知らないからであり、それを知る機会はまさに親や兄弟との関わり、つまり家庭に他ならない。親が学んでいるのを見て、学ぶことを知るのである。

しかしそれは、親が机の上に座ってテキストの問題を解けと言うことではない。お母さんが一生懸命に、料理が上達するよう工夫や努力をしていることが、子供に「勉強する」ことを教える。お父さんが趣味を追究して、船の模型とか手製のラジオとか何か物を作ったり、楽器を弾いたり、書物で何か調べ物をしたりとか、そんな姿から子供は「学ぶ」ことを知っていく。兄や姉がいたならば、一緒に遊ぶことで自分ではできない事を兄弟がしているのをみて、自然とそれに挑戦したり努力したりするようになっていく。「勉強する」ことというのは、自然と覚えていくものなのだ。

お手伝いをさせて、生活の知恵を授けることなども、「勉強する」ことを覚える素晴らしい機会だろう。他にも、親がこだわっていることなどを見せるだけで、子供は物事を意識したり注意深く思考することを覚えていくだろう。つまり転じて「勉強する」ようになるということだ。

大人が毎日を一生懸命に生きていれば、人生というものを日々精進で歩んでいれば、子供は勉強することをそこから当たり前に知るはずだろうと思う。大人たれど死ぬまで勉強ではないのか。それが今や、楽に裕福に生きられるような世の中になったばかりに、親は「学ぶ」ことを身を以て子供に示すことをしない。

何かにつけ携帯をいじり、朝起きたと思えばすぐTVをつけ、本と言えばスポーツ新聞かファッション・グルメ雑誌。掃除も料理も洗濯も、労を避け手軽に簡単に済ませる。なんでも片手間で適当にやってしまう。やってしまえる世の中と言ったほうがよいだろうか。だから子供は、人生で覚えていかなきゃいけない事が沢山あるという事を、知る機会さえ持てない。

あなたは自ら勉強する姿を子供へ示すことができているだろうか。お喋りや遊び事やぐうたらしているところしか見せていないのではないか。親がそうであってどうして子供は勉強するというのか。

親が、家庭を生活を人生を、切磋琢磨している背中を見て子供は勉強する人間になるのだと、心から訴えたい。