梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

あなたの乗るバスはどっちだ?

一般的に、このスポーツが好きだから、楽しいからやる・やりたい、という感覚と、競技者である感覚は違う。

自分がやりたいからやる...という域を出ない人は、それは「趣味」である。やりたい分だけやる、気持ちが済む分だけやる。上手く出来なくても上達とかしなくても、順位やら賞やらもらえなくても、それが好きだから、やれていればそれでよい。趣味だ。

競技とはどんなものか。今一度それをよく考えてみたい。想像してほしい、あなたは本当に「競技者」だろうか。競技者である姿とは。

もちろん「趣味の域」とは全く正反対の話になる。でもこれは一握りの人だけが経験する類のものじゃない。皆さんの実生活でも同じような経験はきっとあるはずだ。例えば、「絶対にこの大学に受かるんだ」とか、「○○コンクールで入選するんだ」とか、「俺は30歳までに起業して自分の作った製品・サービスを世に広めるんだ」とか、「私は将来ミュージカルスターになってブロードウェイに立つ」とか。

最後はちょっと極端になったが、つまり何を言いたいかというと、大なり小なり何か人生で目指したものとかそこに取り組んだ事ってあるでしょうということ。目標を持ち、その達成に向かって一心不乱に突き進む・目指す。そんなことと競技は似ている。だからそれはつまり、「夢」だよね。

日本の部活動(体育系)とは、多くは競技スポーツの場である。もちろんそれは指導者 (顧問)の方針にも因るわけだが、でもまず頑張っているクラブというのは皆そこを「競技の場」として自覚し、目標を持ってそれに向かっている。だから当然そこに入りたいと思う者も、同じ思考で共感するから入部してくるわけだ。

競技スポーツというのは「趣味」や「プレイ/ゲーム」の域とは全く違うということを、そこに携わる側の私たちとしては、誰しもが当然のごとく理解しているものだと思っていた。しかし実際、そういった感覚を持っていない子供や大人が増えているように、今感じる。

たいした夢でも目標でもなく、未来に成長した自分へのワクワクなどもなく、目指すものがあるわけでもなく........。それで当たり前のように競技の世界へ飛び込んでくる。ただ単にプレイする・ゲームする、気の済む分だけ楽しむ。そんな位置づけ。幼少期の習い事や○○教室の延長の感覚だ。だから上手くいかず苦しむ。それでも畑違いの場所ということに気づかず、競技の場で「趣味スポーツ」の姿勢を続けている。

スポーツは絶対に上を目指して取り組まなきゃダメだという事ではない。それは本人の選ぶこと。どの程度でやりたいのかは本人の勝手だ。でもそれぞれの世界というのがあるのだから、自分がゆくべき場所その領域に入ればよいことだ。それを競技の世界に「趣味+α」くらいの人間が入れば、相違や摩擦が生じるのは当たり前のことである。競技というのは「夢」や「目標」に向かう世界なのだから。

はっきり言うが、部活動は遊園地のアトラクションで遊ぶのとは違う。囲碁や将棋を打つのとも違う。ゲームセンターで、どれだけ本人は点数取るために真剣にやってるんだとしても、このゲームを極めたいんだと言っても、それとはまったくもって違うのだ。プレイ自体だけを楽しむ事と、理想像に向かって切磋琢磨する世界は、まったく別である。

今日も好きなバスケットボールができた、イイ汗かけた、一日一回ボール触って家へ帰れればそれで満足。志すものがない人は、競技の世界では感性が大きくズレるし、どうやっても良い方向へは進まない。絶対に強くも上手くもならない、本人がそのつもりじゃないのだから。そこを改めてよくよく考えてみるべきだ。

負けても平気な顔してあっけらかん、失敗してもどうとも思わない、成績が全然伸びないのに至ってニコニコ楽しそう。あなたはスポーツでいったいどんなことを求めているんですか? 何を成し得ようとしているの? もしかして競技の世界とは違う「ただやりたいからやってるだけ」の人間じゃないのだろうか。努力はしないがイイ思いはしたい、一丁前にアスリートのカッコはつけたいなんて、そんな勝手な話があるか。

自分が競技者なのか趣味人間なのか、よーく考えてみてほしい。まずもってそれは競技者の態度・言動・振る舞いか。その行動は、その発想は........もしかしてあなたのバスケットボールに対する感性は、コッチ側じゃないのかもしれないよ。

競技者でないのなら、競技スポーツである部活動は、あなたの適正な場ではない。趣味の場でそれをするべきだ。「そこまでマジにやりたくないけど、でも部活動でやりたい」そんな都合は通せないよね。「仕事は適当にやるけど、でも雇ってよ」みたいなことだ。適材適所という言葉、ちょっと意味は違うかもしれないが、競技スポーツでは、競技に「夢」や「目標」を持ってそれをどうしても成し遂げたい者が挑戦する場であることを、今一度確認しておきたい。あなたが乗るべきバスはどれか、行き先をしっかりと見てから乗ることだ。

まったくなんとも情けない事だけど。そんなこと、あたりきしゃりき、当たり前田のクラッカーで熱くスポ根しているアスリートの皆さんにとっては、とてもくだらない話で大変申し訳ない。心からお詫びを。