梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

楽は一文にもならない理由

 身の回りが便利になることで、プラスになる人とマイナスになる人がいます。

 便利からプラスを生む人は、行動がより積極的になる人です。

 時短が実現できて30分でも余暇ができたら、そのもらった時間で次のなにかをすることができますね。

 より前へ進めますから、漸進的な思考である人ほど便利はプラスを生みます。

 物の使い勝手が良くなって手間が減っても、それでつくられた余裕余分を「おかげでこっちに手を付けられる」と、さらに加速するのです。

 ようするに働き者が能力を向上させるのは、便利を活かすからなんですね。

 もしくは便利をつくろうと自分で工夫します。

 

 一方で便利が「楽」と繋がる人は、休むから作業効率が上がっていません。

 楽をすると、便利になった分をそれで消費してしまうから、プラマイゼロです。

 作業量も、技術も、スピード(時間)も、なにひとつ変わりません。

 ただ休んだ時間を増やしただけの「便利」です。

 どれだけ場所が整っても、道具が良くなっても、物資が潤沢にあっても、誰かの手伝いをもらっても、その便利によって良い結果を出すことはできません。

 

 つまりどれだけ便利が増えても便利さが飛躍的に上がっても、頑張る人はいつでも忙しく動いているのであって、だからこそさらに状況が進むし改善もされます。

 物事が良くなる人は、結局どんなときでも汗を掻いて動いているんです。

 便利というのは、後からちょっと押して加勢してくれるだけのことです。

 

 便利になったから、座っていても事が進むなんてことは決してありません。

 考えなくていい、任せきりでいいなんて感覚の人もいます。

 何もしないで自分に恩恵がくるようなことを期待してしまうから、いっこうに楽をできている気がしません。

 世の中がどれほど便利になっても、その人はずっと「あ〜忙しい、あ〜たいへん、もう・・・面倒だ!」と相変わらず不便なままでいます。

 それは便利と楽を御破算にしているからです。

 

 最高の頂き物である「便利」を正しく活かせずゴミにしてしまっている人はいて、かえって人生のマイナスになることも、決して稀ではない冷厳な事実です。

 生活様式の発達によって、動かない人は益々動かなくなっていきます。

 だったらその人にとっては不便なままの世の中がよろしい。

 

 便利とは、楽ができて怠けられることではなく、楽とは、自分が何もしなくて済むことではありません。

 頑張る自分をもっと頑張らせてくれるもの、ドラクエで言えば勇者の剣と盾と鎧があなたにとって便利なものです。

 自分が頑張るからこそ、便利は活躍します。