梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

できるのにしない、動かない選手を変えてこそ現場主義のコーチです

 ほとんどの人は実力が届かないのではなくて、しないからできないだけと、ずっと子らに言い続けています。

 本気を出していない、真剣ではない、勝負していない、奮い起こしていないから、本当はできるのにうまくいかないのだと、口で言い聞かせるのではなく、実践で証明させてあげるのです。

 

 僕の仕事のスタイルというのか、心血を注いでいるのは、しない人間を動かすことです。

 みんな地べたにへばりついたように、いまの自分から脱皮しようとしません。

 自分はこんなもんだと決めつけているのか、楽をしたいのか、平均点が好きなのか、理由は知りませんが、あきらかにセーブして意図的な「半端」を前に出します。

 半端では脳も体も応えてくれません。

 程々に済ませていては実力が出ないままですから、いつまでもなにも上達しないのです。

 本当の力は抑え込まれている、君が本気を出したらじつはできる、それを僕のレッスンのなかで実体験させます。

 そうしたら「ほら、ちゃんとできるじゃん」てなって、ようやくスタートラインが見えます。

 ただし、もう何度も鼓舞して檄を飛ばして、数時間奮闘したのちにどうにかです。

 

 他人から演出された一度の経験でその後が明るくなるはずもなく、元に戻るのを知った上でほんの少し、記憶が残っている部分を頼りに火をおこすのみです。

 よほどののんびり屋じゃなければ、やっぱりいくらかは刻まれた印象があるみたいですので「今日もまたくるか!?」と身構える様子が見られます。

 こうやって梃子でもなかなか動かないものに身を尽くす現場ですが、人の心(=脳)はそんなにも人生を固定するのかと天を仰ぎたくなり、また半分面白くもあります。

 本当はすぐ目の前なのに、本気出せば今でもできるのに、しないを選択したばっかりに結果は「できない」となってしまう。

 馬鹿らしくなってしまいますが、これが人間なのでしょうね。

 

 昨今、スポーツ環境、スポーツ指導について色々と論議されていますが、生の現場はこれが実際なのであり、それを変わらぬ定めと見るか、変化を起こそうと尽くすか、コーチはこの選択で決まります。

 パッとしない選手やチームをどのように捉えるか、腕の見せどころではないでしょうか。

 褒めても叱っても、ポジティブでもネガティブでも、パッとしない選手はいつまでも能力を眠らせたままです。

 動かない人、変わらない人をどうやって伸ばしていくか。

 それは理論が正しければ必ず納得するんだとか、根性論は時代遅れだとか、そんなものとはまるで別のところに現実があります。

 かすかな希望を頼りに、汗をかくのみです。