梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

日常の小さなこと身近なことこそ作り替え続けることをスタンダードにする

 考えもなく浅はかに手をつけて大ドジを踏むってことはたしかにあります。

 でも日本の場合はとにかく動かない、何もしない、変えないが固く堅く染み込んでいる気がします。

 いや僕の感想などではなく、事実なにも進めようとしません。動かないというよりも動けないが、より適確かもしれません。

 差し迫ってもうさすがに重い腰を上げざるを得ない段階にならないかぎり、つまり社会の空気という大きなものに追い込まれてやっと、仕方なく現行からわずかに動きます。

 

 その本音は「保身」です。

 動かない人や仕組みが動くのは大きなうねりを抑えられないからであり、自分に面倒事が降りかからないのであれば現状維持が好都合なのです。

 考えるのは面倒だし、行動するのも体力がいる、今と違うことをしてかえって非難されるのも御免だと思えば、余計な言動などせず事務的に片付けておこうと考えます。

 誰かのことを言ってるんじゃなくて、謙虚に僕たち自身のこととして我が身を振り返って日本の社会を変えていかなくてはなりません。

 

 人々の意見や主張が一カ所に集まり、騒ぎになるたびに突然「皆さんの意見を汲んでそのとおりにします」と、ただ押し切られ“させられる”のが日本流の情けない「変化」です。

 僕らの生活にはこのようなことが日常だし、それはもし自分が当事者であっても同じかもしれません。

 日本に蔓延する、動かないし変えないことが当たり前の生き方を、国民一人一人の行動で良くしていくことが唯一の突破口となります。

 良いものを変え、悪いものを変える、いつだってすべてを練り続けていくんです。

 

 いま高校バスケットボールは、新人戦の県大会が始まろうという時期です。

 それがコロナ感染者の増加によって、行政から中止要請を受けて各都道府県で軒並み取りやめとなりました。

 要請にはもちろん従うことがただ一つの選択ですし、理由のある措置だと理解すると同時に、上から言われたことをすべてそのとおりに則るだけの人任せはいいかげんにやめるべきです。

 物事は一人一人考えたほうが、良いものをつくることができるからです。

 社会がたえず発展しまた改善されるよう、僕ら自身が積極的に貢献すべきです。

 行政から「◯◯せよ」と下されるだけじゃなく、普段から意見交換をおこない情報提供をしてこちらから提案もする動きを、これからの社会では実行する必要があります。

 

 いまあることを事務的に処理するだけの役職は、もう人の手でする仕事ではありません。

 献身的じゃないから保身になり、なにも労せずその役職と立場と報酬を得る人間が顕れます。

 それは個人というより、そういった立ち位置が出来上がっている、が正しいでしょう。

 それを撤廃するしか、この染み付いた不動不変から脱する方法は見出せません。

 

 誰かに世の中をつくっていただいて、自分はその中で無自覚に暮らす、その人任せを変えていきませんか。