梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

これからの体力トレーニングはゲームスキルとまっすぐ繋がる材料であることが条件となります

 世の中が武漢熱に翻弄されてスポーツ活動も禁止中止となっている現在にあって、今日は和歌山へ向かいました。

 これから冬の全国大会、ウィンターカップの出場を決める県大会を眼前に見据え、新鋭の助っ人外国人を擁するチームに雪辱を果たすべく、夏からディフェンスをさらに強化しています。

 その一角にトレーニングでの足づくりがあり、不肖ぼくのエッセンスを監督そして選手らは学んでいます。

 

▽今日は約3時間、対人の四人×四人と五人×五人をひたすら繰り返しました。

 鍛え上げた能力を試合で発揮するためです。

 つまりは持て余していて、まだまだ活かし切れていないということです。

 単独でフットワークをしたり、走り込んだり、トレーニングすると一所懸命に取り組み積み上がっていくので、とても優秀な水準に上がっています。

 それがゲームに活かされれば良いのですが、これが案外と難しいのです。

 それはそれ、これはこれ、みたいになってしまいます。 

 勝つための礎とするためにやっているのであって、本番でプラスに働かないことは本望ではありません。

 でもトレーニング・レベルが上がることだけで、その能力が止まってしまっている選手およびチームが圧倒的多数です。

 だからそれを繋げる役割も、僕のようなトレーニング・コーチは担っていると考えます。

 実際にこうして、ヒントをくれと呼ばれているわけです。

 

▽ただフルパワーで走れば良いプレイがつくられるのではないし、それは育てた力の使い方を誤っています。

 闇雲に、がむしゃらに、勢いですべての体力を発散することで素晴らしいプレイは生まれません。

 残念ですがドバーッと放出しても、熟された繊細な身のこなしの前では、さらっといなされるのがオチです。

 全力全開で走り出しても、ヒョイッとよけられたら、反対をつかれたら、パスで逃げられたら、為す術もありません。

 戦い方はスピード、スタミナ、筋力だけではありません。大事なのは、それをプレイの一瞬にどう活かすかです。

 つまりは能力の抜き差しをしなくてはいけません。

 大いに出す場面、抑える場面、待機する場面と、力の加減をできることが重要です。

 この瞬間に合った力の出し方というのがあるわけで、そのへんの調節の上手な人がプレイ・スキルの高い人です。

 

▽力加減を行える人は頭が冴えています。

 巧みなプレイは頭を使います。

 次のプレイの予測、そのための準備、機敏な反応、裏をつかれたあとの挽回、力加減、仕掛けなど、次々押し寄せる展開にアジャストするために、つねに脳が働いていなくてはなりません。

 1秒先の未来に意識を向ける努力をやめた人は、必死で磨いてきた能力をぜんぶ死なせてしまいます。

 どれもこれも、雑で大体で荒削りだからです。

 真っ直ぐに言って、もったいない。

 素早さや力強さがあっても、巧さがなくて台無しにしています。

 

▽その巧さは技量的な段階の話しではなく。

 さっき言った、1秒先のことを考える脳の働きが起こっていません。

 頭を使うことをしていなくて、行き当たりばったりにプレイし、現象が起きてから急ぎ対処しようとする、そんなプレイを続けている選手はいませんか?

 きっと少なくないと思いますよ。

 場当たり的にその瞬間にとつぜん頑張り出すような、ぶっつけ本番なプレイではいけません。

 素晴らしいステップが、スピードが、当たりの強さが、み〜んな死んだ能力となってしまいます。

 今日はそんなことを考えるクリニックを行いました。

 だいぶ抽象的ですかね 笑

 でも今回はそんな書き方にしてみます。

 

▽ディフェンスの足づくりをゲームで発揮するトレーニングをするのがテーマでしたが、それをつくるために五対五のラリーが必要でした。

 実際にバスケットボールをしないと、トレーニングは本物になりません。

 体力的な数値だけ成績が良くても、試合の成績が悪いなら意味はないからです。

 じゃあトレーニング・コーチの仕事ってなにか。やはりゲームに近いところまでやるんですよ。

 最終段階のところで能力をつくる、そういうトレーニングの行い方を僕はしています。