梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

得意を伸ばすのは成長の本質とは言えません。そこを見ている人は大概がおごって伸びないのが現実です。

 おごる、自惚れる、過信する、人が失敗するときの大抵の元凶です。 

 どんな人も、自分の意思の弱いところと勝負し、そこを鍛え上げて逞しくなります。

 強さはただ一つ、そこから作られます。

 なかには得意を伸ばすと言う人もいて、もちろんプラスが増えることは良いのですが、なぜかその場合は「反対を見ない」「苦手は捨てる」がセットになっています。

 どうしてでしょうか?

 得意と苦手、両方に目を向けて良いはずです。

 それをあえてウィークポイントに蓋をしてそのままにするというのです。

 きっと時間が掛かるからです、苦しい精神状態を生むからです。

 つまり、楽に進もうと決め込んでいるからではないでしょうか。

 

 そんな中で得意を伸ばしてうまくいくことは、絶対にありません。

 得意だけに頼ることは、ただあぐらをかいて自分を怠けさせる材料になるだけです。

 長所があってもそれに甘んずることなく研鑽を積む人は、自分の苦手にちゃんと目を向けます。

 自分の弱いところ、デタラメなところが成長の足枷になっていると悟り、そこを克服しようとします。

 そして必ず乗り越えます。

 だから伸びるんです。

 本当に強くなるチーム、選手はそうやっています。得意げになってつけ上がっている人などいません。

 伸びている人はみな、苦手と向き合っているのです。

 

 不肖僕の知りうる選手づくりチームづくりの鉄則は、ウィークポイントと向き合うことです。

 手を抜いたり、だらしなくしている弱い面を克服することで、物事は前へ動き出します。

 さらにほとんどの場合において、苦手など無視して得意だけで行こうと言う人は「得意げ」になっているだけで、本物の能力や武器にまでそれを育てていません。

 精確には得意と言うよりもただ「自分のしたいこと」だけで安易に成功を掴もうとしていて、人よりとび抜けた能力などではまったくありません。

 こうなるのが目に見えているので、僕は「得意を伸ばす」とは絶対に言いません。

 都合がよく興味本位で好き勝手に行動している選手に、延々付き合うことになってしまうからです。

 

 苦手から目を背けて楽に浸かっている選手は、じゃあその得意を伸ばそうよ!と言ってもやりゃあしません。

 本当にそれをもっと向上させようとする選手ならば、自分のウィークポイントも改善しようと努力します。

 あとでそれを放置したことが仇となり必ず不幸が降りかかると、未来をちゃんと想定しているからです。

 要するに「得意を伸ばす」という文言は、必要な努力すらしない者のヘタな言い逃れに使われているわけです。

 

 世の中に「向き不向き」は確実にあります。

 僕らが思う以上に強い傾向として存在します。

 ただそれといま話していることは、まったく別次元だということです。

 苦手は、本当は努力不足や等閑(なおざり)のことを指しているのではないですか?

 それを自分の才能のあるなしに置き換えて、自らに対してごまかしているだけでしょう。

 頑張れない腰の弱さをなんとかしなければ、ここから1mmの成長もありません。

 人の成長を助ける要素は、弱い面を克服することに真実があります。

 心が熱くたぎって「よしうまくなるぞ!」と決意すれば、得意も苦手も関係なくなってすべてを上達させようとするはずです。

 

 だから「得意を伸ばす」ことは、もうやめましょう。

 当然ぜんぶ伸ばすんです。

 そのなかでとくに自分が長けている能力について、自覚することは必要です。

 それが本当の意味で、長所であり得意だと考えます。