梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

食育なるものを現実的に考えてみる

 食育ってどなたが名付けたのか、一般に馴染みやすい言葉ですよね。

 僕はこういうキャッチ・フレーズ的なものは一人歩きするので反対する部分も多いですが、まず広く国民の生活に普及されるという面では良い方法だと思っています。

 ようは現代のなんでも自由で困らない時代に、軽視されている「食べること」についてきちんと正そうということです。

 わたしたち人間は物事が容易くなると必ずデタラメになって、あとから自分を苦しめるものです。

 食べることが困難だった時代は、こんな食育なんて言葉は絶対に生まれません。

 切実にその貴重さ、得ることの大変さを実体験しているからです。

 飽食な時代になったからこそ、この不可思議な単語だって登場するのです。

 

 さて、現在子育て真っ最中のご家庭やこれからの人は、子の食育について少なからず興味がありまた頭を悩ませることでしょう。

 とくに幼い子がいるご家庭は、はじめが肝心ですから親としてなにかと気を揉んでいたりもすると思います。

 子を大切に思うからこそ世に言われる良い食事をさせたいし、定期検診で医師などにもあれこれと言われます。

 書籍やネットでも、子どもの食育について正しい栄養摂取が書かれていて、どうしても基準にしてしまいますよね。

 

 わが家いや父親の考え方を言うと、子の将来を考えれば太らせたくはありません。

 栄養をたくさんとって元気な子に育ってほしいと願いますが、赤子のときからマシュマロのようであったり、小学校へ上がる以前に肥満の子は成人後に苦しむ確率は高くなります。

 肥満とは、ただ筋肉の表面を覆う脂肪層が厚いということではないからです。

 血液が汚れてしまうとあらゆる体内の機能が低下し、体中を苦しめます。

 幼い頃から肥満というのは、マイナスの可能性はあってもプラスはありませんから、あえて肥満になる理由がありません。

 かといって食事制限などすれば、それこそ栄養が枯渇し体の成長にいちばん重要な時期を活かすことができないどころか、これも肥満と同様にマイナスを生んでしまうことになります。

 

 大人はもう体が日々老化していくだけですから、食べないことが選択肢になります。

 それで体の不調が取れた事例も、実際に多くあります。

 でも骨が伸び、関節や筋肉が丈夫につくられている最中である年代には当てはまりません。

 食べて必要な栄養分を得てこそ体が育まれますので、やはり基本は食べること、食べないよりは食べることが選択されます。

 となれば、この食べられる裕福な時代に生まれたことに感謝して大いに食べ、それでいて体を不調にさせない食事を行えば良いと言うことになります。

 今日もまた至極当然のことを言っていますが....苦笑

 

 あえて食育という言葉を使うならば、わが家の食育は(1)雑味を貴重とする(2)塩分をたくさん摂る(3)砂糖を控える(4)野菜を重視する(5)お菓子を制限する、このようなものです。

 結論を言えば、肝心なのは(3)です。

 砂糖とお菓子は似たような部分ですが、いまはどんな加工食品も甘み推しで、果物の栽培にもステビアなどを栄養分に加えているほどです。

 食事で摂るものにもそれはありますので、一般的に言うお菓子だけじゃなく、甘味料にも浸からないような配慮をしています。

 これは一旦クセになるとどこまでも欲しくなって、あとで制限しようとしても止められなくなります。

 はじめのうちに親がコントロールすることが重要です。

 

 子の健やかな成長を助ける食事(=食育)は難しいものではなく、本来は質素に心掛けていけば当然に得られる結果ですが、何度も言うようにこういう時代になれば好きに選んでそればかりを食べてしまいます。

 知識がなく分別もまだ無い幼い子には、しっかり親が決めるべきを決めることが大事です。

 それは食育で変な意識を持ってしまって、カロリーがどうのビタミンがどうのと細かい成分と数字を追ってしまうことで食べる食べないと親子共に苦しむよりも、本当に用心したほうがよいものについて親の責任で制限させることをするのです。

 甘い物、お菓子類はゼロにはできませんが、なんとか程々に収めておくことで明るい成長が望めます。

 

 脳も骨格も、食べた物でつくられます。

 親からの遺伝要素も多分にありますが、であればこそ素晴らしい素質をもっと伸ばすために必要な食事を行うことを、私は父親として子のために選択します。

 ここは子がどう望むかなど度外視で、私の意思と責任でそうさせようと思っています。

 すべてではありませんが私とは意見の違う母親も尊重して、折り合いのつくところで親が決めて子の食事を管理しています。

 

 やはりどうも馴染めない言葉ではありますが、それが梅原家の食育と言えるかもしれません。