梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

父にとって息子も娘も変わらずフェアに付き合いたいと思っています

 長女が生まれて、来週で生後2ヶ月です。

 うちは男と女が一人ずつ、一人目が男子、今年の4月に誕生したのが女子です。

 ある人には「うまいことやったな」と言われ、またある人には男女一人ずつ生まれたので「(男女どちらもいて)良いですね」と言われました。

 男親にとって女の子は特別なかわいさがあると、語ってくれた人もいます。

 一人目の長男、二人目の長女、僕にとってはどちらも同じ奇跡の子です。

 性別が男でも女でも、扱いは変わりません。

 扱いというのは、親としての役割と責任のあり方、またその決意という意味です。

 

 マァ父親として、息子にはこう接して娘にはこうだと、それはあるかもしれません。

 でも男と男の間柄だから、男と女の間柄だから、それは断じてあり得ません。

 性別が男でも女でも同じ我が子であり、尊厳ある一人の人間であり、そこは差別や贔屓なくありのままに二人と育んでいく覚悟を決めています。

 男同士だから手厳しくて、男女だから娘には甘い?

 そんなことはいたしませぬ。

 男でも女でも、キツく当たるときもあれば甘やかすときもあるでしょう。

 きっと二人ともにある。

 男女関係なくイーブンというか、分け隔ては一切するつもりがありません。

 

 まだこれからの経験だから、いまはそう言っていても「きっとそうなる」と予言する人もいるでしょう。

 それはおそらく「自分だって同じように考えていたけど、現実は違った」という経験談からだろうと思います。

 でも僕は断言できる。

 なぜか?

 子育てを自分の範疇から手放しているから、です。

 子の人生はすべて子のものであって、たとえ親であっても人の道を勝手につくる権利はありません。

 そう決めているのでいや悟っているので、個人的な好みでコミュニケーションの男女差を出すつもりはないんです。

 

 もちろん男性であることまた女性であること、それは最大限に尊重しています。

 言いたいのは、僕自身がふたりの子に対して男女という理由のアンフェアはしない、という意味です。

 もっと言えば、男性らしさと女性らしさは本人が磨いていくものであって、親として子育ての任を全うする上で男女の違いはいささかも関係ありません。

 男的な贔屓も女的な贔屓もせず、フェアに家族でありたいと思っています。

 もちろん兄と妹という立場も温度差のきっかけになるものですので、それぞれの立場は認めつつ、兄だからまた妹だからと親が勝手にものを決めつけるようなことは御法度です。

 さらに言うと子の人数も、親の子育てへの態度が変化するきっかけの一つです。

 一人っ子と二人では違いますし、三人四人となってもまた大きく変わります。

 それらはすべて己の都合であることを、僕は親として心掛けなくてはいけません。

 

 私心(わたくしごころ)はすべて捨てて、親としての本来の目的に即くことをささやかな決意としています。