梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

言葉の力

 言葉は大事です。

 言葉が大事なら、文字も同じく大事です。

 現代は言葉を軽視する向きがあります。

 大人でも子供っぽい喋り方や、言葉遣いをしている人も少なくありませんね。

 簡略化したり大雑把ですべてをやっている人は、相手との意思疎通が図れなくなります。

 言葉を知っていること、文字に起こせることは、もっとも重要なコミュニケーション能力なのです。

 

 現代、掲示板や携帯の連絡ツールがイジメという社会問題を生んでいます。

 生身の会話が減り、なんでも気安く文面で送信することが責任感と思いやりを失わせている、とまで言われています。

 私もこれまでは同じように考えていました。

 しかし、違うと知りました。

 バーチャル空間でコミュニケーションを取ることが悪いのではなく、ただ言葉が悪いのだと理解しました。

 

 たった今の私たちの対話や連絡は、メールやLINEが主です。

 企業間のやり取りも、意図的にPCとか携帯電話のメール系ツールを使います。

 Eメール、ショートメール、LINE、メッセンジャー、チャットなど、たくさんのツールがありますが、すべて手紙的な機能です。

 伝えたいことを文面にして相手へ送る道具です。

 ということは、文字がきちんとしなくては伝わりません。

 内容が相手に正しく伝わる文章を書くためには、言葉をどれだけ知っているかが命です。

 頭の中にあるものを言葉でうまく表現する力、これはそのまま「伝える力」と言えます。

 ここが未熟であるならば、まさに文字で伝えるツールのLINEやメールを多用することは危険です。

 言葉を知らないのに、表情や抑揚や声色や話すペースといった他の情報を取れないそれらを使うことに、矛盾を感じずにはいられません。

 

 日本語の特徴として─いや本当は奥深さと言うべきものですが─、日本語を使う日本人だからこそ身につけている素養があって、書いていないこと言っていないことまで見透して理解するという高度な言語能力を、私たちは持っています。

 言わんとしていることを悟る、裏返して本音を知る、行間を読む、真意をくみ取る、察する、そういうことに私たちは本来長けていて、日本語もその性質を備えた言語です。

 それがいま大きく失われようとしていて、表現されたそのものしか理解できない人が多くなっています。

 だからより一層に曖昧で大雑把な言葉では、相手に間違ったメッセージを伝えることになってしまうのです。

 

 もし相手が賢ければ、自分のほうは雑な言葉であってもそれを向こうが補い、正しく理解してくれるでしょう。

 しかし言葉が未熟な者同士となれば、とんでもない方向に行ってしまいます。

 子どもたちのバーチャル空間で起こるイジメの類いは、言葉の稚拙さと語彙の少なさ、また表現の足らなさに火種があるようにも思います。

 信じられない言葉をぶつけ、信じられない態度をとる、それが現代的な冷たいイジメです。

 自分の言葉がどのくらい稚拙であるのか、言葉の力が未熟な人は理解していません。

 

 よく耳にするのが「なんとなくわかるでしょ」「伝わればいいんだよ」というものですが、それはあなたの言語が未熟や間違いでも良いとする話にしてはいけません。

 人にものを話すなら少なからずまともな言葉を使えなくてはいけないし、あなたが楽観するほどその言葉は相手に伝わっていません。

 一言で周囲へ大きく膨らむのが日本語です。

 話す相手、場所、会話の前後の流れ、空気感、タイミング、そのような周囲の要素を含めて一言がより深い意味を持つ、それが日本語です。

 私たちの日本は、そのようにしてこれまでも今も、これからもずっと生きていきます。

 

 だから日本語を正しく、たとえ普段の近しい間柄での会話においても、いやだからこそ祖国の言語を巧みに操れるよう国語の勉強が必要です。

 話す言葉そして書く文字、このふたつをすべての国民が高いレベルで扱えるように、家庭と学校で国語をしっかりと学ぶべきです。

 主語をちゃんと言いましょう、語尾を正しく締めましょう、語彙を増やしましょう。

 言葉を軽視する流れを、あなたの心掛けで変えることができます。

 教育の根っこは「言語」です。

 国の支えも同じく「言語」です。

 言葉は命ですので、スポーツ現場でも正しく使えるよう教育をおこなっていきましょう。