梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

誰のため?人のため。ただしそこに甘える人は一生未熟な者です。

 人は、ちょっとでも他人に助けてもらうと、すぐになまけ者の顔になります。

 動きに動いて、休む暇などないほど活動するのが本当は体力的にも精神的にもプラスです。

 アクティブ・レストなんて言いますけど、有効的な休養のできる人はそれなりの訓練を積んだ人でしょう。

 ちゃんと覚悟を携えた人です。

 とくに自分のするべき物事を他人に代わってもらうと、一気にダメ太朗になります。

 皆さんはしっかりしていると思いますが、僕はなまけ者です。

 

 何故手伝ってもらうことが良くないかと言うと、その目的が「楽になるため」だからです。

 すでに一人の手では間に合わず止まっていることであるなら、当然さらなる人の手が必要です。不足しているわけですから。

 でもやればできるのに、はじめから他力に頼るのはただの怠けです。

 それをちょっとでも経験すると必ずもっと欲しくなって、行動の第一歩目から助けてもらおうとしてしまいます。

 そうなる人は頭の中も「みんなでするのが当然」と固定されいて、もし手伝ってもらえないと他者を悪者扱いしたり、不当に自分は苦しんでいると思い込むことに繋がり、益々自分それから周囲の人をも不幸にします。

 僕がいつも「仕事はワンオペが基本」と言う理由がこれです。

 

 ハナから人手を期待している人と、自分で全部すると思っている人と、どちらが良いほうへ向かうでしょうか。

 他人の分まで背負う必要など、一切ありません。

 各々が自分の事を自分ですれば良いのです。

 そうしたら、どんなに責任感のある自立した人間になるでしょう。

 さらに僕たちの社会も立派に成長するはずです。

 だから少々きつくてもいや、結構ハードだったとしても、なんとか自分の力だけでいけるとこまでいくぞと、気合いを入れて物事に臨むべきです。

 

 勉強、教育、仕事、家事、部活、子育て、趣味に至るまで、自分の事であるからそれは誰にやってもらうでもなくすべて自分でおこない進めていくのが自立した人、自立した社会であると思います。

 その上で支え合うことが、価値の高い共同体感覚だと理解します。

 「一緒にやろう」は本当は危険です。

 いつまでも未熟から育ちません。

 「ここはおれが全部やるよ、だからそっちはおまえに任せたぞ」と言って自分の持ち場を一人でやりきるのが、真の責任あるチームワークです。

 いまの世の中、責任を取らせることばかりが盛んですが、本当の責任とは自分で負うものです。

 誰が言わずともこの責任はおれが取ると、一人ずつがそう考えるためには自立が必要です。

 自立とは一人で行うことですから、やってもらって当たり前の感覚を脱するためには、やはりワンオペが基本です。