梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

現代の生活は飽和どころか溢れています。要らない物・事を抱えて苦しむなんておかしいですよね。だから「足らない」をつくります。

 生活の質が上がると言うのは、贅沢することを意味するのか?

 違います。

 生活の質というのは本当にしたいことができる、生きるために必要なことができるという意味であり、そこへの時間的投資と体力的投資が増えることを指します。

 あくまで僕個人の人生観ですが、贅沢を求めて日々の仕事や家庭を頑張っているのではなくて、勉強のできる環境がつくられるように頑張るのです。

 学びは人生を豊かにします。

 ものを知っていること、技術力が高いことは、そのまま人生の豊かさに直結するからです。

 つまり知識と知恵を増やすために学びたくて、その学ぶ時間を用意できることが「生活の質が上がる」ということです。

 

 人は生活をする上で本当に必要なものを手に入れるための環境づくりを、自分の力で進めていくってことを日々おこなっています。

 時間には価値があると信じています。

 場所にも価値があると信じています。

 今までなにも気にせずおこなってきた日常の行動に目を向けて、せっかくのチャンスを失うようなことをしていないか、何気ないほんのちょっとした些事でも違う方法を取れば本当はもっとスッと前へ進めるんじゃないかと、意識的に生活習慣・生活環境を見直す人の身の回りはすっきりとしています。

 なにをするのもスマートで、とてもスリム。

 それを見倣いたい。

 

 僕らは得てして、無意味で無価値なものを抱えてしまいます。

 それこそが贅沢の象徴だと、いまようやく実感するようになりましたが、人生をより有意義にするためには余計な荷物をすべて捨てる必要があって、よく見たらその捨てるものがマァたくさんあること。ハハハ

 俺はこんなにも大荷物を担いで歩こうとしていたのかってあきれるくらい、本当はたいして要らない物を所有し、要らない日常行動を取り、プラスを生まない選択や判断をしています。

 最近は「断捨離」なんて言葉がポピュラーになりましたけども、あれなんかは典型的な大荷物(無駄なもの)です。

 それをする人が多いってことは、それだけ無意味と無価値な生き方が膨らんでいることの証でもあります。

 

 身の回りに、物は少ないほうが良い。

 日々における行動の取り方も、絞って集中することが賢明です。

 とりあえず持っておく、あれもこれもやってみたい、その発想は荷物を増やします。

 荷物は際限なく膨らんでいき、結果的に前へ歩けなくなっているってことがあります。

 作業が多い、考えなくちゃいけないことが多い、対処の必要な情況が多い、心配事が多い....それは荷物が膨らんでいるんです。

 無駄に持ってしまった荷物のせいで、したいこと有意義なことができないのは、生活の質が低いと言えないでしょうか。

 

 僕はそう考えて、いや肌身でありありと実感したので、仕事から家庭からすべての身の回りについて捨てまくることにしました。

 当然、これからも日々改善の努力をしますが、すでに多くの行動から解放されて時間的、精神的なスペースを手にできました。

 こういう成熟した時代だからこそ、なんでもできるためにアレコレと止めどなく取り込んでしまい、物も行動も盛り沢山になります。

 それで実際に人生がプラスに伸びているのかっていうと、現実は負担ばかりだったりする。

 自ら余計なものを増やし、前へ進めなくなっているのではどうしようもありません。

 いまよりプラスになるから取り入れる価値があるのであって、そうならないものはすべて余計であり、ただ負担を増やすだけです。

 

 いま本当にしたいこと、すべき必要なことに一点集中して、その目的に即く生活であるために、まずは解体作業です。

 持ち物を捨て、行動を捨て、身の回りをすっきりスリムにして本当に必要なことだけに絞る。

 欲張ることをあきらめて、世間の様子に引き寄せられないで自分の範疇を守ることです。

 足るを知る、いや足らないくらいがちょうどよい。