梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

普段から学びのある家庭環境こそが自然とものを学ぼうとする脳の状態をつくる

 生活の中に学ぶ環境をつくるって、一体どういうことでしょうか。

 前回の続きで話をしています。

 3,4歳ころから家庭教師をつける?進研ゼミをさせる?それとも塾などのキッズクラスみたいなのに入れる?

 学ぶがイコールで勉強と思い、勉強と言えば学校で習う国語算数理科社会英語だと位置づけるのが一般的なので、そのような発想が多いのは当然のことです。

 ここをもっと別の見方をしてみようと、前回のエントリーで投げ掛けました。

 

 学校の授業のようにして、生まれてまだ数年の子にそれらを頑張らせることが果たしてどこまで可能でしょうか。

 できなくもないですけど、親子ともに相当な負担となるでしょう。

 そんなことをしないと学習する脳は身につかないでしょうか。

 重要な一点は、ものを学ぶ習慣が身につくことです。

 普段から興味あることに向かい、新しく挑戦していくことで学ぶ力は自然と育ちます。

 どんな知識を持っているかっていうのはまた後半に話すとして、とにかく身に触れるものから人はすべて学んでいくわけです。

 これを世間では「意欲」と言っています。

 触れるものすべてに興味を抱き、これはなんだろうと五感をフルに使って情報を得ようとします。

 

 だから赤子は物を全部壊すんです。

 噛んで振り回して破いて蹴飛ばして落としてと、超パワフルな破壊行為をしませんか。

 ひたすら弄って、なにも知らないところからその物を把握しようとしているのです。

 人は生まれたときから底なしの意欲を持っています。

 だからこそ脳も発達します。

 これを自由に膨らませてあげる生活環境をつくった家庭は、学校へ通い始めたときに勉強で困ることはないでしょう。

 学校の授業も、生きる上で学ぶことの一部だからです。

 学校の勉強をできる子は、その以前から生活の中で多くの勉強をしています。

 だからものを覚える行為に慣れています。脳もそのように動きます。

 家庭・家族のなにげない日常に「学ぶ」があるかどうか、そこの違いじゃないでしょうか。

 

 もう一度言いますが、習い事をすることが学ぶ環境ではありません。

 それはどちらであっても、意欲を掻き立てるような状況が目の前にあることが本質です。

 あなたの周りには意欲的になれるものが、どれくらいありますか?

 お子さんの生活は学びで包まれていますか?

 学校で習うようなことじゃなくても、学びになるものはたくさんあります。

 一方で、どこまでもただの「いじくり」でしかないものもあります。

 昔で言えばTVのリモコンをピコピコ押しまくってチャンネル変えているようなこと、今だとYouTubeで映像を次々替えること、それって本当はたいして見たくもしたくもないんです。

 スマホを指で延々スクロールしているのも同じ。

 雑誌をなんとなくペラペラめくっているのも、街中や駅前をうろついているのも全部、暇つぶしです。

 友達と遊んでいたって積極的にこれをするってものがあるときと、ただ会ってたむろしているだけのときがあって、もちろん前者が有意義なわけです。

 そういった普段の時間を学ぶ環境で包むことが、家庭教育だと僕は思います。

 

 公文も進研ゼミも良いと思います、運動のキッズクラスもけっこうです、特定の学問やスキルを学ばせることは力になりますが、それらをはじめるよりも先に、そして習い事をしている以外の時間に学ぶ習慣をつけることが絶対的な礎となります。

 学習する脳をつくっていない子が、とつぜん国語だ算数だと学問を詰め込もうとすることは無理が生じます。

 本人も辛いし、親も大変です。

 その無理矢理を乗り越えていまがある家庭は多いかもしれませんが、賢明な策ではありません。

 気づけば手遅れだった、なんてご家庭もきっとあるでしょう。

 良い方法ではないのです。

 

 学校や塾で基礎教科を学ぶことの外で、あなたの生活に学びが習慣として当たり前にあること、それが学習する脳を自然とつくってくれる良い家庭環境です。