梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

得をしようとすれば、その分は必ず自分の不幸としてかえってきて痛い目にあいます。だからそんな不心得を捨てる訓練を積んでいます。

 きっと僕だけじゃないと勝手に皆さんを巻き込んでしまいますが、楽をするっていう行為の本質は「意図的にセーブする」のとはまったく違うものなので、自分のなまけ者の性格をなんとか抑え込むために、毎日あえてせわしなく動き回るようにしています。

 一度ツラいキツいと言い始めると、人間は止まらなくなるものですから。

 

 同じように「得をしよう」とすることも、利己的な悪い欲のひとつじゃないでしょうか。

 経済の面では、当然お得感を出すために価格を安くしたり一品追加したり、無料サンプルをプレゼントしたりってことをします。

 でもそれがいまはもう当たり前になっているのでお得感など誰も感じず、反対に無いとサービスが悪いなんて感じたりするところがありませんか?

 これは慣れももちろんありますし、一番は消費者側が欲張り出したってことです。

 楽の心理と一緒で、ちょっとでも得に高揚感を抱くともっとそれが欲しくなってしまいます。

 頭ではわかっていても理性では欲が止められずに、もっとくれと欲しがってしまうのが人間の性でしょう。

 貰うものについてはできるだけ安くとかできるだけ多くしてもらうこと、反対に出ていくものならばできるだけ少なくしてもらうことに必死になっている自分を、僕は冷めたもう一つの目で見ています。

 なんか卑しいなと、恥ずかしいなと。

 得を中心に生活を形成しようとすると、ものすごく生き方が窮屈になりますね。

 そればっかりに目が向いて、物事の良し悪しが見えなくなり正しい判断を誤ることになります。

 

 以前、ネットで面白い言葉を拾いました。

「悩む理由が値段なら買え、選ぶ基準が値段なら買うな」

 ちょっと精確には思い出せませんが、たしかこのような言葉でした。

 これはお金にまつわる話ですが、色んなことに共通する考え方だなと思ったんです。

 どんなことを言っているかというと、つまりは「得」しようなんて利己的な欲を持っていると失敗するぞ、ということです。

 人間関係でもフェアに付き合うことをせずに、自分のほうに利益があるように仕向けようとすればもめ事が起こります。

 利益の裏で不利益が生まれるわけですからね、相手が落ちた分で良い思いをするのが得です。

 つまり得とは、周囲と比較するものです。

 他人と同じであると得をしたと思えません。

 隣の人間よりも自分が良い扱いを受けるからこそ、その差で得を実感するのであり、結局は利己にしかならないのです。

 だから自分の言動で「これは卑しく得を狙っているな」と気づくことがあれば、その時点で一切の言い分や交渉をやめるようにしています。

 得をしようと欲張る自分を切り捨てて、いまの条件のままで改めて熟考して物事を決めるように心掛けています。

 欲を出せば、ぜったいにあとでしっぺ返しをくらうことを僕はよく知っています。

 実際にそんな経験もたくさんしています。

 

 やり方が下手なんだと思う人もいると思います。

 でも僕は下手でかまいません。

 そんなものにしがみついて目を血走らせながら生活したくありませんし、ずる賢さのスキルを上げたいとも思いません。

 ですから僕から得しようと思っている人は、どうぞ僕に近づかないでください。

 得で成功しようとなどせず、正々堂々と自分の力で進んでいる自立した人たちとだけ付き合っていきます。

 そのためには、日頃から僕自身が得と離れる努力が必須です。