梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

本当の意欲

 一時の気まぐれや浮気心は、意欲とは違います。

 その日その瞬間だけ「なんだかやってみたくなった」は気まぐれですね。

 熱しやすく冷めやすいのも、たんなる浮気心です。つまりそのときの気分。

 最近はあまりというかほぼ使われることもありませんが、日本語には「にわか」という言葉があります。

 急にとか突然という意味の表現ですが、にわか意欲はよくありがちな移り気程度の話です。

 それらは外からやってきますが、本当の意欲は自分から手に取るものですから、学ぶことを習慣にしている人が伸びていきます。

 どうして勉強が大事であるかの理由が、こういったところにもあるんですね。

 学ぶことを知らない人は、意欲を持てないと言うことにもなりかねない、つまり何をしても長続きしないし上達しないし、自分がなにを目的・目標として日々生活しているかも定めないまま暮らしていくことになるのです。

 あまり断定するような物言いは望ましくありませんが、大概がそうなっているわけですよね、自然と。

 これは現実を言っているだけです。

 

 就学したから学ぶのではなくて、生きることが学ぶことそのものであると認識した人は、幼少の頃から少しずつ学びを習慣にしていきます。

 生活の中がすでに学ぶ場なので、そこで親兄弟から色々なことを教えてもらい、教材になるものを与えてもらって学習脳をつくるため訓練を積んでいきます。

 こうやって言うほど難しいことではありません。

 いつの間にか言葉を覚え、箸やコップの使い方を覚え、靴を履けるようになるのですから、子どもはつねに学んでいるわけです。

 はじめはできないことがどんどんできるようになる、それが成長著しい子と学びのチャンスとして与えられず伸びの鈍い子がいるというだけです。

 そして悲しくも学ぶ機会に乏しかった人は、学ぶという習慣、学ぶことへの脳がつくられていません。

 

 ある意味では、親の影響というものは子の人生を左右します。

 子育てで重要なのはここだと、僕は考えています。

 子育ての根っこは、子に何をさせるかではなく、親が良き道筋を理解しているか、つまり大人の出来如何ということです。

 学ぶ脳が育つような日々を過ごせているのなら、それだけでも子育ては大成功じゃないでしょうか。

 かなり失礼なことを申しますが、もし「何を学ばせたら良いか見当がつかない」と言うのなら、親自身が人生で必要なことをしっかり理解し整理できていないということになります。

 親自身が学べていないのですから、子が学べるはずもありません。

 誤解しないで下さいね、誰かを責めているのでは決してありません。

 学ぶと言うことを、子どもだけの問題にしないで、大人だっていまからでも学んでいきましょうという趣旨です。

 

 意欲があるから学べるし、そのおかげであらゆる物事を成長させられます。

 またそれらは表裏一体でもあり、幼い頃から学ぶ訓練をして習慣にするから本当の意欲が芽生えます。

 これは気まぐれや浮気心とはまったく違うものです。

 道のりが長いとか険しいということは、意欲が削がれる理由にはなりません。本当の意欲にそんなことは影響しません。

 絶対成長したいし、目標に辿り着きたい一心なのですからね。

 楽か難しいかで判断するようなものは、意欲では無いんです。

 

 意欲とは外からやってくるものでも、そんな気持ちにさせてくれるものでもありません。

 自分の心の中から燃え上がってくるものですから、それをつくるのはあなた自身です。

 意欲は自分でつくりましょう。

 いまからでも、なにか真剣にトライしたいものはないか、どうぞ必死になって探してほしいと思います。

 

 そうやって頑張れるかは、いつだってあなた次第です。