梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

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学ぶ意欲は待っていても外からはやってきません、必死に探して自分から手に取ろうとすることで膨らんでいきます。

 昨日の朝のエントリーで、学ぶ脳をつくる話をしました。

 ではそれはどうやって生まれるのか、どのようにすれば育てられるのでしょうか。

 僕らが「学ぶ」をつくること自体は、とくに難しいことではありません。

 興味があり、自然と深く知識を得たい何かができれば脳はそこに集中します。

 ただその深い興味を抱く感性というのは、幼い頃から経験している必要があると思います。

 やはり子どもの頃とくに幼少期にそのような経験を積むことがなによりの宝であり、そんな宝を一度も目にすることなく思春期に入った者が、いまから強烈な探究心や熱中することを起こせるかというのはいささか疑問です。

 

 いまあえて「起こせる」と言ったのは、原因やきっかけを外に持って行かず内なる心から発することを強調するためです。

 起きるのではなく、起こすことが学びの根幹です。

 知りたい意欲、考えたい意欲、想像したい意欲、活用したい意欲が、強く生きる人間の心奥から沸き上がってきます。

 歳が幼くなるほどそれは簡単、というよりも意欲のかたまりが子どもですから、なにを見ても触っても聞こえてきても、「あれはなんだ?」と興味津々です。

 子どもは学ぶために生きています。

 たくましく生きていくために、外の世界のあらゆる情報を得ることが必要だからです。

 これを、ベースの無い人が仮に14,15歳ともなってからなにかに熱中しようと思っても、外からは当然それはやってくるはずもなく、かといって自分からその意欲を燃え上がらせることが果たしてできるか。

 

 学ぶ意欲とは、自分の心を掻き立てるエナジーです。

 実際は自分の脳が自ら熱を発しているのですが、本人からすればどうしてもそれをしたいという制御できない感情の高ぶりがあります。

 自分のコントロールしていないもののように感じていますが、脳はしっかりと自発的に働いています。

 つまり自分から意図的に欲を出しているってことです。

 自分の気持ちをそうしてくれるなにかが外の世界にあると考えている人がいますが、違います。

 いつかそれと巡り会いたいと願っても、一生そんなものはやってきません。

 いま目の前にあるものに、あなたから手を出していくかどうかだけです。

 だから熱中するほどの探究心、気づけば没頭しているような強い学びへの欲は、自分でそう決めて「起こす」ものだということです。

 

 学びの意欲を膨らませるためには、学びへの見方を変える必要があると思います。

 昨朝のエントリーで書いたことです。

 学校の単位を取るため、テストの点数を取ることが主目的となっている勉強では、学ぶ意欲はたぶん沸き上がらないでしょう。

 学問は当然学びます、学校ではテストもあります、資格取得や入社入学には必ず試験があります。

 でもあなたが学ぶ目的は、あなた自身が持っている必要があります。

 なにがあるからないからではなく、それをしようと思う自発的な意思と行動、それが意欲です。

 

 深く知ろう身につけようと思えるものを、どうぞ全力で探して下さい。 

 探すことがすでに学ぶ意欲のはじまりです。