梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

大人はもっとたくさん遊んで学んだほうがいいと思います

 昨朝のエントリーで、子どもの遊びについて、学びになるようなことをさせるという話をしました。

 これは年齢関係なく、大人でもとにかく貴重な時間を学びに使っている人、自然と学ぶ遊び方になっている人とそうではない人がいて、もちろん前者のほうがより幸せや充実が大きいものになるでしょう。

 言うまでもないことだと思います。

 これは幼い頃からの習慣ですから、大部分は親の影響があります。

 でも分別のつく歳になってそんなことを言っていられませんから、自分の心掛けで行動をつくっていくわけですね。

 

 息子と遊具のある公園に遊びにいくと、子どもと言うのは勝手にそれを使い始めます。 

 たとえば僕は父親として、外でじっと見守っています。

 子がまだ2歳なので念のため高いところから落ちたり、違う場所へトコトコ歩いて行って迷子になることも可能性が大きいからです。

 すべり台などが付いている大型遊具には、様々な設定があります。

 子はそれを企画通りには使いません。

 自分の好きなように色んな使い方をしますが、まわりの年上の子らを見て覚えます。

 真似をすることもあれば、見てもスルーすることもあります。

 こうやって自分の五感で触れて行動に移していきますので、しなかったことをどこかのタイミングでするようになり、一度始めるとどんどん上達してできるようになっていきます。

 どんなふうに、どんなレベルでできるようになるかは関係ないと思っています。

 結局その遊具の使い方としては、ちょっと違っているかもしれません。

 でもそれは良い悪いではないし、正しいとか間違っているで分ける必要もありません。

 とにかく何もないところから自分で形づくっていき、どんなものであれ完成させた、これは学びです。

 だから親はほとんど何も言わず、プールの監視員のようにそこにただ居るだけです。

 

 ずっと付き添って一緒に滑ったり登ったりしてあげる親御さんもいますし、遊び方を指南している光景もありますが、僕はいつもそんな感じです。

 正しい遊具の使い方を教えたり、それを上達させようとレッスンすると学びにはなりません。

 それからたとえば、遊園地の乗り物で座っているのはひとつも学びません。

 その乗り物がすべて勝手に動いてくれるからです。あれは自分ではなにもしていませんよね。

 遊園地を悪く言っているのではありませんよ。行く価値が無いという話でもありません。

 公園での遊具を使って自分で体を動かすことに対して、遊園地は遊具のほうがすべて手ほどきしてくれるものと言うことです。

 遊び方がかっちり決まっていたり、ほとんどやってくれるようなものは簡単で大体最後まで辿り着くので、自分で完成させたという感覚が生まれません。

 自分の力で見つけたり知ったり覚えたりということが脳と体の成長ですから、それが叶うものを選ぶと良い遊びになります。

 

 大人で言えば、読書をしたり料理をしたりDIYをしたり、そういうものがシンプルな創作と言えます。

 道具だって使いますが、それは決まりきった方法ではなくて、人によって様々に使い方が違っていて良いし違うはずです。

 その人なりの手法があるわけで、それは本人の感覚で見つけたもので他の人にはない感覚です。

 それで良いんですね。

 大人の固い頭になると使い方を決めきってしまうところがありますけども、自由なほうが本当はベターなんです。

 だから僕はこのブログやYouTubeなんかでよくオリジナルとか自由とかって言うんです。

 

 どうでしょうか。

 大人になっても学ぶ遊びをしていますか?

 ぜひ大いに遊んで下さい。そして学びましょう。

 

 追伸

 早朝これを書いていたら、途中で息子が起きて部屋に入ってきたので、もうちょっと書こうと思っていましたが、最後は膝に乗せたまま途中ですが結びました。

 また別の機会に改めて。