梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

学ぶからこそ遊びがあります。あなたのお子さんは遊びで勉強していますか。天才を伸ばしてあげましょう。

 遊びというのは学んでこそ意味があります。

 歳の幼い子らは、遊びながら様々なことを身につけています。

 だから上達します。

 いつの間にかものを覚え、「そんなことできるの?知っているの?」と周囲を驚かせます。

 生きるものは学ぶのであり、それは自己成長です。

 

 楽しいことが遊びで、つまらないことが勉強ではありません。

 楽なことが遊びで、難しく悩むことが勉強でもありません。

 学問が勉強でその反対側にあるのが遊びと認識している人がほとんどですが、知識と技術を得ることが学びであるなら、人生はすべて勉強です。

 そこには楽しいもつまらないもあれば、楽も難しいも存在します。

 勉強だからつまらなくて苦しいもの、遊びだから楽しくて簡単なものなんて一体誰が決めたのでしょうか。

 それはきっと遊びで学んでいない人だと想像できます。

 

 学びのない遊びなら、する価値はありません。

 育まれるものがあるのなら、それは積極的に行うべきです。

 反対に延々時間を台無しにする遊びもあるでしょう。

 学びのない遊びをするから、遊んでばかりじゃダメ!となるのであって、それはそもそも無価値な内容、無価値な時間を過ごしているということです。

 お子さんの今しているその遊びは、本人の知識と体験を伸ばすものですか?

 幼い頃の楽しみ方で、将来の結果が大きく分かれます。

 

 ただ学問的知識を詰め込むということより、幼い頃にこの習慣を染み込ませることが重要です。

 簡単に成績の取れる頭脳明晰な子は、物心ついたときから、いやもしかしたらその前から、学ぶ遊びをしています。

 つまり世間一般で言うところの、勉強と遊びの境目がないということです。

 親は子の教育に目を向けるのならば、ここを考えてあげるべきです。

 学校や塾のテストの答えを記憶することが勉強ではありません。

 知らないことを知る、できないことができる、それらはどんなことであっても学びであり、成長に繋がります。

 ありがちですが、これは覚える価値があるもの、こんなの覚えても役に立たないと言って、やっぱり学校のテストを取ることに偏るのもやめましょう。

 そんな選択よりも、とにかく学ぶクセをつけることが肝心で、成長することが当たり前という感覚を体に染み込ませた人が人生を輝かせていきます。

 

 だからぜひ幼いお子さんのいるご家庭は、英才教育なんて考えずに、まずは親が与えている「遊び」の内容が、学ぶという観点から見て良いものかどうかを考えてみましょう。

 脳は若ければ若いほど能力があります。

 チャンスのあるときに鍛えずに、減ってから頑張ってもてっぺんは見えています。

 可能性があるのはいまです。

 まだ早いなんて思わずに、子の周りに学ぶ環境を作ってあげましょう。

 あとは天才たちが勝手に活用していきます。