梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

挑戦する人にしかその課題は来ないしあっても見えません。トラブルではなく進むがゆえのタスクです。

 日々何も起こらず平坦な時間を過ごしている人なんて、一体どれくらいいるでしょうか。

 ある仕事仲間は僕の身の回りで起こる様々な事象について、トラブルと言います。

 「よくそんなにたくさん起こるな、ある意味スゴいよ」

 みたいなことを含みをもって言っていました。

 仕事でもプライベートでも、いろんな課題について世間話程度にするわけですけど、それをトラブルというような印象で聞いているからでしょう。

 でもね、それは全然違いますよ。

 そこで僕が思うのは、じゃあもしかしてあなたの人生では日にち毎日な〜んにも生きていることを実感する出来事がないってことですね?てこと。

 仕事をしていても、可もなく不可もない。

 居ても居なくても、なんの価値も生まない存在ということです。

 スポーツの世界なんて、言ってみたら上り坂下り坂の連続なのですから、ある意味ずっとトラブル続きです。

 僕らはその世界で貢献しようとしているスポーツトレーニングコーチという専門家なのに、なにも問題が起こらないというのならば、あなたは現場で一体なにをしているのかな。

 申し訳ないけど、そんなふうに考えてしまいます。

 そっちのほうが大問題ですね。

 その人を悪く言っているのではないですよ、決して文句や否定ではありません。

 

 僕がこんな話を出して何を言いたいかというと、いまの自分から育って良くなろうとすることは、状態や情況が変化するということですから、そこには必ずうねりが生まれ対処する必要のある事象が起こるということです。

 なにも起こらず、なにを対処することも乗り越える障壁も突き破る岩盤もない道は、スポーツではありません。

 スポーツが特別ではなく、どんな人の人生でもそんな世界は本来存在しない。

 それが本当になにもなく、平々凡々と過ごしているのなら、その人は一切の挑戦も勉強もしていないことを意味します。

 

 べつに自慢でも背伸びでもなんでもなく、僕は当たり前にいつも目の前の課題に向き合っています。

 課題っていうのは、伸びていこうとするところに存在します。

 どこまでも登ろうとかもっと良くなろう、次はこれをしようと考えている人には、死ぬまで延々課題があります。

 問題や課題という言葉を聞くと、面倒くさい困難のように受け取る人もいますが、そうです、そりゃあ簡単なわけないでしょ。

 でもそれがあることを避ける人、宜しくないことだと捉えている人は、ゴメンナサイね、人生に挑戦していません。

 勝手なこと言いますけど、たぶん生活は良くなっていきません。

 人生伸びないと思います。

 前述の仕事仲間の言う「トラブル」も、その人は本来無いはずのものという意味でそのように表現したのだと思いますが、僕にとっては毎日挑戦し前進しているが為の当然のストーリーです。

 アニメの最初にその回のタイトルが出ますよね、お話のテーマが。

 あれです。あったらいけないのなら、タイトル付かない話題の無いアニメです。

 主人公がただずっと近所を歩いているのを、30分ずっと観ていられますか。

 そういうことを言っているに等しいんです。

 でも人は各々の感性で、ただ真っ直ぐで景色もない道を歩くことが人生だと信じていたりもします。

 まあ人それぞれです。

 

 僕は前へ行こうとしています。いまより良くなろうとしています。

 だから取り組みますし、変えるべきは変え、創るべきは創る、そんな毎日が当たり前です。

 失敗とか成功はさておきステップアップをしたいので、とにかく実践して同時に学んで経験を積んでいきます。

 その過程で楽に物事を手に入れようとする人と一緒になることがあれば、水と油のようにはじけるかもしれません。

 反りが合わないことはあるでしょう。

 生きる姿勢が違うのですから。

 そこで曲げる気は断固ありません。

 その場しのぎで色を合わせて阿る(おもねる。気に入られるよう機嫌を取ること)ことは、性分に合いません。

 あなたのその得意技は、あなたが大事になさったら宜しい。

 

 みなさんもどうぞ己の生きる道を堂々と歩きましょう。

 人生は困難の連続です。

 それはあなたが挑戦しているからです。

 僕は全力で応援します。

 おそれず受け止める勇気のある人は、きっと人生が輝いていきますよ。