梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

日本の家庭では「自由」をつくることにとことん苦戦します。でもだからこそ親は考えねばなりません。

 うちの子育ての基本は「自由」です。

 何度か自由という言葉をこのblogで書いていますが、意欲を引き出し突き抜ける成長と自立を育むためにそうすることが一番だと思っています。

 だから自由を大切にしています。

 ただしこれは、身勝手にさせるという意味では毛頭ありません。

 分別はこれから知っていく歳だし、善悪だってまだ明確じゃありません。

 なんとなく退屈しのぎにあれをするこれをすると言って、本当はたいして楽しんでもいないことを、ひとまずの穴埋めでやっているだけのこともあります。

 そのあたりはまだ自制がまるで利かない歳ですから、けじめをつける訓練をする必要があります。

 お父ちゃんもお母ちゃんも、ダメなものは遠慮も迷いもなくバシッと指導します。

 

 その上でさらに、我が家の生きることへの考え方は「自由」です。

 これが思い切りしたい!本当にしたい!という意欲が育まれるように、それを拾ってあげられるように親は努めます。

 共働きだし祖父母も親戚も近くにはいないので、毎日がかなり慌ただしいです。

 どれだけ早起きしても遅くまで起きていても、やっぱり時間は目一杯で生活してます。

 仕事と家事で、二人ともつねにせわしなく動き回っています。

 だから付き合ってあげたくても、あれするこれすると言われても、それを叶えられない場合も少なくありません。

 そのたびに父親としては、ここで全部好きなように遊ばせてあげられたら最高に幸せを感じてくれるんだろうナァと、心の中で懺悔します。

 息子よゴメン。。

 

 そんな現実において、でき得るかぎりの自由をあげようと父と母で考えています。

 だらしなくは絶対にさせませんが、親からの「こうしろ」は極力言わないでおこうと。

 本人の「したい」を主体に生活をつくっています。

 そうすると、まあ「したい」の多いこと。当たり前なんですが。

 子どもは意欲のかたまりでそれが24時間溢れ出ていることを再認識しますし、親がそれを塞いでしまっていることもよく理解しました。

 いや理解というよりも、ありありと身に染みて実感します。

 

 終始忙しいこの家で拾える「したい」が、一般的に見て多いか少ないかは分かりません。

 時間的な現実を考えれば、きっとかなり少ないほうだと思います。

 本当に毎日毎時間、余裕がありません。

 それでもこれだけ物事の習得が早く、脳の発達も著しいのですから、やっぱり自由が必要なんだろうと思います。

 

 教育とか躾なんてものは、誇張ではなくほとんどしていません。

 学問だって教えようとも思っていません。

 でもうちの2歳になりたての息子は、いつも5つ以上の歌を楽しそうに口ずさみ、身長くらい高いところからビョン!と飛び降り、近所の人に「こんにちは」とはっきり挨拶をし、食欲が果てしなく旺盛です。

 家に居る時間よりも保育園に行っている時間のほうが何倍も多いですが、ただそれだけで見る見る学んで賢くなっていきます。

 それを見るにつけ、「やっぱり親のレッスンは必要ないな」と実感するのです。

 唯々感心しています。

 

 今度の休みこそは、晴れていたら公園に連れて行ってあげたいと思います。

 近所の散歩も好きなので一緒にして、一日を気の済むようにエナジーを燃やして満足させてあげるのがお父ちゃんの子育ち応援です。

 冬なのに裸足で庭をはしゃぎ回ります。

 子どもは育てるのではなくて育つ。

 それを邪魔しないことがうちの教育方針と言えるかもしれません。ナハハ