梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

本当に本当の選手ファーストとはなにかを考えたとき、自由という言葉が浮かびました

 教育を考えるときにひとつ大事にしないといけないことは、子ども自身に対して「あなたはどう考えているのか?」というスペースではないでしょうか。

 教育と言えど、その内容のほとんどは子ども本人の問題です。

 大人の考えではなく本人はどうなんだということが、もっともいや本当は唯一肝心なことです。

 

 最近よく選手ファーストとか国民ファーストなんて言います。

 選手ファーストと言っておいて、それを考えているのはコーチという矛盾。

 あなたにとって良いものを私が考えてあげたわよ、て言うこと。

 結局主体はコーチの考えなのです。

 それではおかしい。

 自分の人生をどう考えるか、どのように形作って行くか、その力をつけてあげるのが本当の教育のかたちではないでしょうか。

 自分で生き抜くのが本番であり、その前の練習の部分が我々大人の関わる子育てや教育です。

 

 演劇の舞台なんかを考えてください。

 小学生の頃、発表会がありましたよね。最後は子どもたちだけで演じ切るのです。

 そのための稽古が大人の出番。

 稽古では積極的に役者に演じさせますね。

 本人達にどんどん実践させて、自分で得た感触から演技力をつけていくわけです。

 稽古が終わって本番では、完全に役者だけの舞台となります。

 

 私たちの生きる日常も、これと同じだと思います。

 子どもがただ親に手を引っ張られ、あちこち連れられていくのではいけません。

 大人の人生に付き合わされているだけです。

 それは子どもファーストではありません。

 自分で考え自分で行動する自由をあげてこそ、本当のファーストです。

 大人が考えているうちはそれが誰のためであろうと、大人ファーストです。

 そこを改めていく必要があります。

 

 人生を良いものにするのも、悪いものにするのも自分自身です。

 その人の人生なのですから、決定する権利は本人にしかありません。

 だったら他人が勝手に決めず、横槍入れないで自由意志を尊重するべきです。

 選手のためを思って自分(コーチ)はこう考えている、やってあげているというのは、どんな良き内容であれ選手ファーストではありません。

 選手が主体的に考えて発言して行動することが本当の選手ファーストであり、より良く生きるために養うべき能力です。

 子ども自身が人生において賢明な判断、勇気ある行動といったことをできるように、彼らの主体性を鍛えてあげることが、大人の役割なのだと思います。