梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

生徒のみんなに、必要なことはすべてゼロから自分で行うということを考えてほしいんです

 生徒のみんなに提案したいことがあります。

 いや本当は誰にだって当てはまることなんですが、ひとまずここは若い世代に向けてということにします。

 もしもなにかしたいことがあるなら、自分から動きませんか?

 自分の望みを誰かにお願いするんじゃなくて、自分で叶えることを考えてみましょうと、僕から若いみんなに提案します。

 自分が本当はどこまでも自由であり、思った通りに行動できるんだということを僕は肌身で実感しています。

 とは言え、なにか大きな夢を叶えたなんてことではありません。

 そういう意味ではなく、日常の些細なことからすべて自分の意思表示によって希望を叶えるという行動習慣を身につけた、ということです。

 したいこと、ほしいもの、すべきと考えたこと、それらは自分で動かなければ実現しません。

 欲しいなら「私にください」と言うんです。

 してもらいたいことがあれば「こうしてくれませんか」と要望する。

 自分から手を差し出さなければそれはもらえないし、口に出して問い掛けなければ物事は始まりません。

 

 日本人にはコミュニケーションにおいて、国民全般として苦手なことがあります。

 それは、自分の希望を口に出すことについて遠慮がちであることです。

 こうしてほしい、ここを変えるべきだ、自分に任せてくれ、そういった意見を出すことに消極的であり、またそれはあまり歓迎されないことだと認識していますね。

 なにも言わずに黙って従い、相手に配慮して素振りも見せないことが美徳であると言う人もいるかもしれません。

 ただ現実には、自らの希望を叶えられるのは自分の行動だけであり、誰が勝手に望みを目の前に運んでくれるでしょうか。

 僕たちの心の奥には、どこかに「自分がなにもせずして希望通りの条件がもらえる」という感覚が根付いています。

 運良くチャンスや幸せが目の前に転がってくることを期待しているところが、どうやら日本人にはあるようです。

 

 それを踏まえて、思考を逆転させるべき点がふたつあります。

 ひとつめ。

 ただの一人も、自分のために良いものを運んできてくれる人はいません。

 見えない心を超能力で読み取ってくれて、なにを言わずなにをせずとも希望を満たしてくれることなど決してないので、物事はすべて自分発信で動くことが大前提であるということ。

 ふたつめ。

 誰かなにかに決められたシステムの中に縛られるのではなく、自分たちでそれを創っていくこと、かつその権限と責任は自分たちにあることを自覚して、ルールを根っこから変える、変えられるんだと信じること。

 

 ちょっと小難しい書き方になってしまいました。

 でも理解できると思います。

 自分の夢や目標に向かって頑張るときに、本質的に支えとなるものがこの自分で動いて創るとか、意見を出して変えていくという自発的で主体的な行動習慣だと僕は考えます。

 漠然と誘導されるがままのありきたりの流れから、ちょっと一度、わきへ抜けてみてください。

 本当にそれで燃える人生をおくれるのか、したいことできるのか。

 普通の小学生、普通の中学生、普通の高校生、それでいいのか?

 それこそが自分の望んでいることであり、また自分の意思で歩いているのかということを考えてみませんか。

 

 あなたの人生は、あなたが自由に育てられるんです。

 そのためにはみちづくりが必要です。

 もちろんあなたの通るみちです。

 横には、程々に整備された一般的なみちがあります。そこを歩くのが簡単です。

 でもどこまで続いているか、どこへ繋がっているかも分かりません。

 簡単には歩けますが、決められたみちなのでそれを受け入れて歩くしかありません。

 

 さあ、あなたはどうしますか?